2009年12月28日月曜日

静寂

               モンタナと遊びたいアジー
            
 静寂が戻って来た。犬も息子もユージンへ向けて正午出発した。バタバタと毎日が過ぎて行った。身体の調子が悪い事やクリスマスとか重なって 一時期はどうなるかと思ったが 食事の準備をやってくれるので助かった。ローレンの犬のアジーと一昼夜過ごした。猫派を自認していたが犬も可愛いなーと思った。アジーは大人しくモンタナの後をついて回り。時々モンタナに叩かれていた。静かになった部屋をモンタナはほっとした顔で歩き回り、いつもの場所で御昼寝をはじめた。

2009年12月22日火曜日

 年の瀬は毎年 鬱状態にならない様に気をつけているにもかかわらず ちょとした事が重なりどうも気持ちを持ちこたえる事に苦労している。風邪の後ということもあり いまいちぱっとしない。友達の間でどうも私が冬眠状態にはいりかけていると察したのか やたら呼び出しがかかる。明日ぐらいから年末31日まで びっしり予定を組まれそうなので取り敢えず コーヒーのお誘いをおうけし少しの間 外出する。もうすぐポートランドに着くという息子の電話にあわてて ユニオンステーションに迎えにいく。28日頃までいるとの事。私の様子を察したのか必要以上に話しかけ、必要以上に気を使うから 思考を中止し母の姿にもどり 相手が面食らうぐらい世話をやいたら ほっとしたのか友達に会うと出かけて行く。 

2009年12月21日月曜日

赤い傘

 1990年 NORTHAN CALIFORNIA ARCATAに住んでいた頃 購入した赤い傘が未だ健在だ。風邪がぶりかえしたのか 身体が熱っぽく気分のすぐれぬ1日になる。数々のお誘いを断りベッドでの読書の合間にうつらうつらして1日が終わる。濡れた傘の下で座り込むモンタナの可愛い仕草に思わず笑みがこぼれる。かけがえのない自分を正当化すれば、隣のかけがえのない人生を阻害する。なんて事をずっと考えていた。

2009年12月17日木曜日

recovery


 どうにか風邪も峠を越したようで 今日はひさしぶりに気分良く1日を過ごせた。1時30分にセールに来れなかったお客様と工房で会い 6点ほど買い上げてもらった。雨模様だが気温はおそらく10度を越しているようであのひどく冷え込んだ日々に比べると天国だ。雨の合間を見て窓を全開にして 部屋の中の風邪菌追い出しにかかる。  

2009年12月14日月曜日

風邪 ?


 風邪などめったにひかない私がどういうわけか 金曜日の夜 パイオニア広場での催しに参加した友人のJANの店じまいを手伝った前後から 喉がおかしく かなりのsexy voice 。 かなり寒かったから喉にきたらしい。その他は別にどうという事も無い。ひさしぶりに土曜日と日曜日の2日間休息をとる。困った事にモンタナが私の声に驚き 不思議そうな顔をしている。名前を呼んでも遠まきに私の顔を見ている。セールをのがした人たちからのメールが2、3ありその対応のため工房へ行く。 

2009年12月11日金曜日

Glass workshop


 12/11 木曜日11時からガラスのWORKSHOPを工房でやった。皆ガラスの作品作りは初めての5人の女性が集まりおしゃべりを楽しみながらあっという間に2時間がたった。初めてという事で今回は小さな 箸置きとタイルをつくってもらった。 前もって私の方でカットしておいた色ガラスを重ねていく。やはりそれぞれの個性というのが出るもので 同じ材料でも全く違う感じに仕上がりおもしろいなーと思った。12/12の11時には出来た作品を皆さんに手渡し 結構喜んでもらえたのでは。ブログの写真は今日とりに来れなかった人の作品。

2009年12月6日日曜日

セール終了

 とにかく冷え込みの強い3日間の工房でのセール大成功のうちに終了。ユージンからファイナルの合間に駆け付けてくれたERICやLORENを始め 着物姿でお手伝いしてくれたゆりさんや 膝の手術が延期され 例年どうり顔を見せてくれたまり子さんとJANコンビの軽快な会話、そして大勢のお客様や友人達に大感謝。ERICとLORENがちょっとおそい私のBirthday dinnerにと5日の夜 腕をふるってくれた。Dover soleにバジルのパスタ、チョコレート ムース。文学、哲学、宗教学とわいわいと会話を楽しみ、眠るのが惜しい夜をすごせた。ユージンヘ戻る彼等をユニオン ステーションまで送り、そして又 私とモンタナとの静かな時間がもどってきた。

2009年12月3日木曜日

new color

 明日に向けての準備完了。今回はかなりシンプルなデザイン、そして白を基調にして大人しい作品が多い様な気がする。残念ながらセール前にガラスは売れてしまった。

2009年12月2日水曜日

Holiday saleの準備

 昨日から工房の掃除や 最終的なガラスと陶器の仕上げにはいった。セール当日に来れないお客様がちらほらと工房を訪れている。今回はガラスも少々用意したのだが あっという間に売れてしまい皆様に御見せ出来ないは 少し残念な気がする。どうしてもガラスは創作のコストが高くつくのであまり自由に遊べない。ワインも届いた。毎年の事だがだれもやってこないのではと心配してしまう。明日は工房の床の掃除と値段付けをする予定。

2009年11月24日火曜日

澁澤龍彦 幻想の彼方


 10年前ぐらいにサンフランシスコの紀伊国屋で購入した 渋沢龍彦の幻想の彼方を引っぱり出して昨夜から再読し始めた。気がついたら午前3時45分で慌てて眠ろうとしたものの シュルレアリズムの作家達の作品が 目の前にちらつき朝方まで眠れず大変な夜になってしまった。色鉛筆の預言者ゾンネンシュターンの道徳的という形容詞を使っての題名からはじまり 潜在意識に働きかけるかなりエロティックな表現方法と 相反する作品の題名に困惑しつつ 精神が分裂しそうな気分を味わう。お前たちの中には 円滑の渇望がある。あらゆる円滑はおのれ自身に到達しようとしてよじれ曲がるのだとかすべての真理は曲がっている、時そのものが円滑...ニーチェのツァラストゥストラの一節とかが頭の中でぐるぐるまわる。表現しようとして 心の内部に入りこんでいくと常にそこには分裂の危機感があるのだろう。軸となるものが絶対的に必要だ。

2009年11月21日土曜日

絵付け終了

 あっという間に11月も半ば過ぎ。ガイドのお仕事もひとだんらくし、工房での仕事がスムーズに進みはじめ絵付けも終了した。例年に比べると数は少ないが 何とかセールを迎えられそうだ。常連のお客様より セール問い合わせの電話が入り初め少しほっとしている。この不景気の中あまり期待は出来ないと思っていた。何処のモールへ行ってもがらーんとしていて 人事ながら心配してしまう。今年のセールは息子の不参加の上 何時もお手伝いしてもらっているまりこさんが膝の手術のためきていただけない。ちょっと寂しいセールだねとBook ArtistのJantとしんみりしている。気を取り直して最後の追い込みにはいろう。 

2009年11月11日水曜日

法隆寺の夕日

                     宝竜寺夢殿
 高校時代の友人達と奈良に 旅行したらしい妹から法隆寺の写真が届く。同級生達と楽しい時間を過ごしたらしい。そういう時間が持てて本当に良かったなーと姉はうれしい。こういう風景は 30数年をアメリカで過ごしている自分の中にも日本人の心みたいなものを呼び起こす気がする。

2009年11月10日火曜日

お散歩



 ひさしぶりに太陽に 怠け心がしゃしゃりだしセルウッドの街をお散歩した。郵便局や銀行の用事を済ませコーヒーを片手に 歩き回る事2時間あまり。落ち葉のあまりの美しさに感動しつつ 新しい絵柄などもわいてくる。せっかくのお散歩も小雨が 降り出し急ぎ足で家路につく。

2009年11月4日水曜日

University of Oregon


 息子より興奮した声で電話がある。なにごとかとじゃっかんドキドキしながら話を聞くに丁度授業を終えたところらしく 幼き頃より見知った達磨が何故、達磨なのか判明したらしく 私にそのいきさつを教えようとしたらしい。Bodhidharmaと達磨が遂に同じものだと。禅宗の開祖なんだと早口にまくしたてる。母はその事を存じているかと聞いてきた。あたりまえだと
この母をなんとこころおえると 反撃した。

Smith family book store


 ユージンにある本屋の内部の写真が 先月訪ねて来てくれた姪っ子のファイルにあった。ホリデイセールを前に連日工房で、絵付けをしている私の心を揺さぶる様な本の山に しばし感動して見入ってしまう。出来る物ならこういう環境の中で暮らしたいなーと思う。何もいらないから手の届く所に溢れる様な本があったら最高だろうな。

2009年10月28日水曜日

冬の気配

 もうフッド山は雪におおわれている。ハロウイーンにはスキー場オープンかと スキーヤーやスノウボーダーは心を踊らしているに違いない。遠のいていた工房での絵付けは順調にすすんでいる。父の同級生 瀬里広明氏の露伴と道元を読みはじめた。去年の夏、父の本棚から西谷啓治の仏教についてと共に持ち帰ったものだ。哲学を勉強している息子の影響かフウーフウー言いながらでもなんとか読み続けている。現在、宗教学を勉強しはじめた息子の質問 特に日本に関しては権威の失墜を避けるべく奮闘している。鈴木大拙なども手にせねば成らないのだろう。敵は正法眼蔵等も手にしてるらしいので 何処までついて行けるか興味深い。露伴の貧乏となる5つの原因はちょっとおもしろかった。

2009年10月21日水曜日

Cornocopia


 姪っ子夫婦とユージンの息子を10/13訪ねた。授業の終わった彼等と待ち合わせユージンの街を散策し 夕食を済ませ ポートランドに向け夕方7時過ぎ出発。言葉を超えて若い連中はすぐに打ち解ける。1か月半ぶりの元気そうな息子やローレンの姿を見てほっとする。

2009年10月20日火曜日

絵付け開始

 とうとう遠のいていた工房へ復帰。みっちり8時間ほど工房でお仕事。お料理好きの友人がお昼ご飯を持って登場。ありがたいかぎり、今日の献立はシャケときんぴらごぼう、椎茸のバター炒め、春菊のおひたし。おいしかった。仕事を早めに終えたANNもやってきて コーヒーなどミシッシピーまで買いに行き7時過ぎに帰宅する。明日は空港での仕事の後、工房で絵付けの続きをやろうと思う。

2009年10月19日月曜日

久しぶりの更新

 9/24から続いていた連日の長いイベントが終わり 静かになった部屋で若干の寂しさを感じている。連続のいろんなガイドの仕事を終え、そして姪っ子が遂に素敵な旦那様と共にやって来、戻っていった。若い夫婦と6日間ほど生活を共にしいろんな所へ出かける。良く喋り、よく寝て、よく食べて、歩き回りかなり健康的な時間を過ごした。若い世代と時間を過ごすと未知なるものへと向かう彼等と同化し こちらまでドキドキし、年を重ねて絶望とか落胆とか暗い事ばかりに敏感に反応しやすい自分がバカらしくなる。いろんな事をやる前に決めつけてはいけないと強く思う。結果が大事なのではなく そこへ到達する過程が重要なはずだ。本腰を入れて冬のセールに向け工房での活動開始前に力を若い世代にもらった様な気がする。 

2009年9月20日日曜日

Susan G Komen for the Cure


 9/20朝早く起床し ウォーターフロントで開催されるイベントに参加する。3万人以上の参加者というニュースを聞き ハァースロンーブリッジを歩いて渡る事にする。川岸の向こうの公園にものすごい数の人々が見えた。4人のサバイバーの彼女らと待ち合わせ5Kを歩く。

桜島の日の出


 妹の同級生が撮った写真が送られて来た。少しホームシック気味だったのでなんだか嬉しくなる。どういうわけか妹は私の気持ちをそれとなく察してくれる。自分の生まれ育った土地の写真は心の中を暖かくさせる効果絶大である。

2009年9月10日木曜日

大鳴門橋


 9月10日 ひさしぶりに息子からの電話。何をしているのかかなり心配していたけど 元気そうな声を聞いてひとまず安心する。余計な事は聞かない事にしている。御互いの距離を保つためとは言え、母としてはかなり無理をして平静さを保つ。ANNAの家で昼食を頂き、日本の話や今後の創作にむけての ブレインストーム。山の様に 採れたてのトマトやグリーンをもらい帰宅する。肩の荷がおりたようにすっきりと1日が終わる。

2009年9月7日月曜日

オレゴンコースト

                青空が 一気に暗くなる

 9/5日曜日、朝から降るしきる雨の中 ガイドの仕事でオレゴンコーストまで運転した。幸いな事に目的地に着くと晴れ間が見え、外に出てしばし砂浜を歩く事が出来た.風が強くまだ夏だというのに寒い。雨がひどくなったので、予定を少し変更して一気にティルモックまで走り昼食後 キャノンビーチに行く事にした。午後からの方が お天気が良くなりそうの情報に変更したのがよかった。昼食後 チーズ工場によりまたキャノンビーチまで戻る頃には雨が降りやんでいた。ガルバァディの新鮮な茹でたての蟹をおいしそうに 食べるお客様を眺めていてこちらまで嬉しくなった。蟹を茹でてくれたディーンと記念写真を撮った。時間どうりに仕事を終了し家に戻ってジャケットを脱ぐと海の匂いがした。

2009年9月5日土曜日

9/6

 気が付けば、もう9月6日でアメリカに戻って10日間が過ぎ去っているではないか。ガイドのお仕事に3日間ほど出、日本を懐かしんでいる間に時が過ぎ去る。大江健三郎の静かな生活取り替え子を読了する。工房へ出かけ今後の予定をたてたりするも 今ひとつ気分が乗らない。集中力に欠けている。父や母そして家族の事を思い 少し感傷的な自分をみつける。しっかりしなくてはいけないと自分に言い聞かせる。

2009年8月31日月曜日

甥っ子に姪っ子


 小さいのから結婚間近の姪と 年の差ありのERICのいとこ達 よく見ると血がつながっているとは言え良く似てるもんだなーと思う。当然ここに写っていない我が子が 一番かっこいいと信じている母なのだ。

2009年8月30日日曜日

鹿児島といえば 桜島


 今年の夏は桜島の噴火が盛んで運の悪い事に 火山灰が実家方面に降り ひどい時はにわか雨かと思い気や火山灰が降る。兄の家と実家がデッキでつながりスリッパでおとなりの家に行け、非常に便利なのだがこの降灰でザラザラのデッキは何日間か使わなかった。

私の家族勢ぞろい  マイナスERIC

                   母 妹そして私

 去年の夏に完成した兄の家での夕食会 今回は生春巻きの皮を携えての帰国で大盛況。料理好きの兄もタイ料理や アフリカ ナイロビ時代に覚えた料理を始め腕を奮う。やはり何といっても母のチラシ寿司や御煮染め そして鹿児島特有の大豆のすりおろし入りご汁が輝きの一等賞なのである。料理好きが揃っているから下手な事は出来ない。皆良く何でもおいしく食べる家族なのである。

鹿児島 天文館  豚骨ラーメン



 旧盆で帰省した妹の家族と兄一家と天文館に総勢9名で出かける。当然のごとく豚骨ラーメンを皆で食し、山形屋でお買い物 わやわやと1日が過ぎ 自分だけが我が子と一緒で無いのが若干寂しい。その頃愛しき息子はヒッチハイクなどというアドベンチャーで ON THE ROAD。近くにいたら心配で眠れぬ夜の連続、幸いな事に息子との距離が 太平洋をはさんでの事なので救われた。ユウジンを出発し高速101よりカリフォルニア アルケタ 挙げ句はモンタナ州 アイダホ州 ワシントン州と16日間の旅を終え 私の家に姿を見せた時 真黒に日焼けしほこりで随分 汚れているものの 健康そうで落ち着いた感じがしたのでひとまず安心かな。若いという事はこういうものだったと自分が年老いてみえた。

大塚美術館2

 スクロヴェーニ礼拝堂壁画の一部分、技術の進歩は凄いなと思う。原画の色分析ののち 転写紙に印刷されそれを陶板に転写 そして2回の焼成ののち完成となる。

 エルグレコの祭壇衝立の復元。かねてより教科書などで見知っている物の こんなに大きいのかと思わず声が出る。

2009年8月29日土曜日

歓喜の大塚美術館1


 昨年より待ちに待った大塚美術館へ7/30妹夫婦と出かけた。途中で素敵なホテルで和食のバイキングで 思う存分いただいてしまい 眠気と戦いながら到着。まさしく山一つを利用されて出来ていてエスカレーターの 長さに圧倒される。古代、中世、ルネサンス、バロック、近代そして現代と展示されすべてが 1000点あまりが すべて陶板でしかも実物大でかなりの興奮状態でしばし呆然とした。古代遺跡や教会などの環境空間ごとそのまま再現されている。しかもテーマ展示が人間にとって根源的かつ普遍的主題など 時代を超えて古今の代表的な作品が並びそれぞれの表現方法などが比較出来やすい。  

日本のリサイクル


 徳島へ向かう高速の休憩所で見かけた リサイクルのbox 資源を大事にする事はすばらしいが、それ以上に整然と並ぶ美しさに思わず カメラに手が伸びた。

8/29


 4週間にわたる2009年の夏休みもあっという間に終わり、またポートランドでモンタナとの静かで簡素な生活が始まる。何が一番つらいかと自分ヘ問いかける。やっぱり年老いていく両親をおいての帰米。幸いな事に2人とも元気にしていてくれるからありがたい。娘として過ごせる期間を持てる事を幸せに思う。でも別れはものすごく辛い、涙が込み上げるのを我慢して笑顔でまた来ると言うのが精一杯である。本当の所は 誰にも送ってもらわず1人で空港までの距離を泣きたいのだが優しい兄夫婦はきっちりお見送りしてお土産まで買ってくれるのだ。もうポートランドは涼しい感じで、湿気にすっかり慣れた身体にはひんやりし過ぎである。

2009年7月30日木曜日

帰国1日目

 サンフランシスコの空港からの出発が遅れたが 予定とほぼ変わらない時間に関空に7/29到着した。はるかで新大坂まで50分あまり ひかりとこだまを利用して7:02には新倉敷着。例年は成田を利用していたがそれに比べると 3時間もかからず国内での移動が終了するから 身体が疲れない。楽しみにしていた鳴門の大塚国際美術館へ30日に行ってくる。かなりの広さと実物そのものの 作品らに圧倒されながら閉館の5時ギリギリまで鑑賞する。とりあえず日本からの更新。ポートランドはかなりの暑さらしくJANがモンタナをつれて 地下室の涼しい所へ移動したとメールがある。湿気でむしむしとした日本かと思いきや 凌ぎやすくポートランドの皆さんには申し訳ないぐらい。

2009年7月27日月曜日

猛暑

 なんと今日は夕方の6時前には華氏102度に達する。摂氏に直すと40度という所か。午前中の涼しいうちに ひんやりとした空気を 部屋の中に閉じ込めるかの様に窓を閉め、ブラインドもしっかり閉める。扇風機を作動させておくと、冷房無しでもしのぎやすい。外に出さえしなければ汗をかく事も無い。明日は今日より暑いらしいから ヒートから逃げ出す私は幸運かもしれない。ゴミの始末や洗濯も済ませた。ブログの更新はしばらくお休みかな。30日程 留守にするのでモンタナの御機嫌とりに余念がない。

帰国準備

 又してもヒートウエーブで極暑となっている。私の帰国の日が最も暑く、華氏103度に達するらしい。その日は朝4時起きで5時までには空港へ行くので 皆様には申し訳ないがエスケープ。工房や自宅の掃除も終了し 図書館に山の様な本を返却して帰国準備完了とする。手の届かない距離で 息子の事が心配と言えば心配だが 少しの間だけ母親ではなく娘として過ごさせてもらう。 

2009年7月22日水曜日

book club

工房でTinaの book clubのメンバーが5名集まり 私が用意した素焼きの皿や小鉢に絵付けをしながら 本の話をする会を先日開いた。皆それぞれが持ち寄った食べ物、私はオレゴン産のワインを提供した。2時間ほどで終了した。それぞれが絵付けした作品に釉薬をかけ本焼きをする。以前、ガールスカウトのグループとか 小中学生のアートクラスのフィールドトリップで工房訪問を頼まれた。大人の集まりはそれと比べると手がかからず大歓迎だと思った。しかも会費制だからこの不況のおり助かる。本格的にこういう企画をたてるのも悪くないなーなどと思った。自分の作業に支障が出ないのであればやる価値ありかな。   

2009年7月19日日曜日

更新

 ここの所と言っても 7/17から連続で ひさしぶりのガイドのお仕事に出かけている。身体や頭脳というのは 使わないと鈍るという事をひしひしと感じている。連日の暑さのせいだけではないのだが、脱力感との戦いだ。日本に帰る日も迫ってっ来ているし やらなければならない事が山積みなのだが どうも集中力にかけてしまい どれも手につかない状態だ。天気予報に寄るとこれから10日間ほど暑い日が続くそうだ。夏だから仕方ないとは言え お仕事に出かける時の化粧やジャケット着用は耐えられない物がある。ぶちぶちと言葉を並べとりあえず おざなりになっていたブログの更新とする。気持ちを入れ替えて明日からは頑張るぞ。 

2009年7月11日土曜日

Blueberry picking



ブルーベェリーを採りに出かける。1時間30分ぐらいで4ポンド程の収穫。相当量が摘みながら胃に入る。午前中だったので さして暑くなく快適だった。帰りに工房により素焼きのための窯をスタートさせてくる。あまり暑くない日を選ばないと終了後の工房は作業不良となる。明日は日曜日だから人並みにお休みにしようと思う。

2009年7月9日木曜日

Particles of truth

Particles of Truth

セルウッドの図書館に通いつめている昨今。読書とインディの映画にはまっている。 ジェーンオースティンのPride and Prejudiceを何をちまよったか 昨晩より再読しはじめてしまった。明日こそは工房にたどり着きたいと思っている。

2009年7月3日金曜日

奇妙な果実

 ベトナム人の経営する店で見かけた果実。名前は聞きとれなかったが1回食べたらやみつきになるらしい。フロリダ産らしい。あまりの大きさに圧倒されたのと 閉店間際で味見は出来なっかった。昨日からヒートウエーブで華氏で96度前後、摂氏だと34ー5度のすごい暑さになっている。工房で5時間程制作に励む。明日はずっとあたためてきた 新作に挑戦しようと思う。アイデアを形に変えるというのは、結構難しいが やってみようと思う。

2009年7月1日水曜日

父の誕生日

 7月1日は私の父の誕生日。昨夜日本の父と電話で話した。1918年生まれだから数え年の93歳、元気な声が聞けた。7月28日に帰国するのが待ち遠しい。私は小さい頃より容姿も性格も父親似だと言われて育った。小さい頃はそう言われる事に抵抗も感じた。特に容姿に関しては絶対的に否定したが 最近自分の顔を眺めるに骨格といい 造作そのものが父親なのである。大好きな父親に似てるんだから最高じゃないかと思う今日この頃である。

2009年6月30日火曜日

息子の引越し


 今日で家の契約が きれてしまうユージンに住む息子の 引越しの手伝いに急拠かり出される。手伝ってくれるはず友人の身内に不幸があったとか。ポートランドからバンで朝、8時出発する。力強い友人の由美子さんが運転してくれる。街中で引っ越しのトラックをみかける。学生達の移動の時期。捨てるべきゴミなのか 何なのか理解に苦しむ物を運び出し車に詰め込む。それでも2回の往復で終了する。問題は彼が入るべき部屋の住人がまだ準備が出来てなく、裏のデッキに荷物を積み上げる。今夜雨が降らない事を祈る。夕方6時過ぎにポートランドに戻る。ギリギリの所で泣きついて来た息子の 手伝いを心良くひき受けてくれた由美子さんに大感謝の1日となる。息子もパニック、母はそれにわをかけてパニック状態 冷静にパニクリ親子に対処してもらった。

2009年6月26日金曜日

驚きの再会


 ダンス パフォマンスヘ行って来た。ちょっと前のブログで書いたが あの弘子さんと舞台裏で会えた。何十年も経っているというのに 舞台化粧の向こうにやはり彼女はいた。私なりの解釈で土方巽に始まる舞踏は土着の思想というか、肉体で風土を表現する、人間存在の極限を表示する、心象風景の連続、点と点を肉体の動きで 線に変え形に変える。時代の繁栄とともに、土着的ななんて表現を聞かなくなった。何処からやって来たのか分からない迷子の人間が増えた様な気がする。dig on, day by day, deeper deeper, to get the origin of the phantom of ectasy  執着する所から始まる何かがある。などと考えた。

NOAH BAUMBACH

Kicking and Screaming

 大学を終えて今後どうやって現実社会に対応していかなければならないのか?若い人々の頭の中を覗き込んだ気がする。笑いながらも同じ様な状況にいる我が子を思い、胸がしめつけられる。

6/26

 静かに時間が流れている。ここのところ気分が優れず鬱々とした日々を送っている。アレルギーなんて物には縁がなかった私がそれらしき症状に悩まされている。とにかく眼の回りが痒く鼻水が出たり。それを理由に読書の世界にのめりこんでいる。図書館から手当たり次第に本を借りてきて読んでいる。KART VONNEGUTSLAUGHTERー HOUSE FIVEを再読した。ガラパゴスも読みたいのだがウェイティング リストの6番めでなかなか私の順番がやってこない。  

2009年6月16日火曜日

ERIC

 息子のブログからの転写。どうしてERICがTーシャツのデザインになったのか、このスーツ姿の男性が何者なのか全く見当がつかない。ただかなりおもしろい。余計な事は聞かない様にしているし、知らない方が楽な場合が多いので、他人事の様に面白がってる。

2009年6月14日日曜日

パンジー


 工房からの帰りバスを待つ間 花壇に一杯のパンジーを見つける。じゅうたんの様に敷き詰められなんと可愛らしい事か。3カ月ぐらい前から友人のまさし君がエアコンの故障に始まった問題児の愛車を修理してくれていたが、先日 修理完了の電話。1800ドルぐらいの見積もりで、もういいやと思っていた時 彼が、後学のために預からせてくれとの事で 駄目元でお願いしたのだが なんと30ドル以下で済んだとの事。狐につままれた様な気分である。大学に通う合間に修理を続けてくれたようだ。持つべきはメカに強い若い友人。これまでにもいろんな物を修理してくれた貴重な存在である。

2009年6月12日金曜日

BUTOH

Hiroko Tamano (above) and her husband, Koichi, who  were among the first to introduce butoh to the U.S.,  have become pioneers and legends at the same time.

 新聞をなにげなしに広げて あっと驚く記事を発見 19歳の頃、前進座で一緒にバイトしていた弘子さんではないか。彼女は土方巽の暗黒舞踊団にはいり美大を辞め 舞踏に専念し其の後 サンフランシスコにご主人のたまの氏と移り住んだ頃までは連絡をとりあったが。其の彼女がポートランドにやってくるとの事。6/26 7:30よりORIGINSというタイトルでの公演。喜びに胸が振るえる。早速彼女のメールアドレスを探しメールを送ったら ものの10分で返事が返ってくる。むこうもびっくり驚き ギャーだそうで楽しみという返事。夏休みに鹿児島の実家に遊びに来て夜通し話した事を懐かしく思い出す。ちと花粉症か アレルギーでめげていたがニヤニヤと嬉しさが隠せない。
 

2009年6月9日火曜日

6月

 気がつけば、もう6月に入って1週間が過ぎている。ポートランド恒例のローズフェスティバルの真っ最中でひさしぶりに 4日間ほど連続でガイドの仕事で家を留守にしていた。今日は朝から頭痛に悩まされる。めったに病気をしないのだが。家でのんびりとモンタナと休息をとる。ロンドン周辺に旅行に出かけていた友人のANNAたちが予定より2日はやく戻って来る。明日はたまっているメールの返事や工房へ出かけようと思う。

2009年5月30日土曜日

パイオニア広場


 昨日よりは気温は低いがそれでも28度。ポートランドのダウンタウンの広場にスノーボードランプが登場。スノーボードを持った若者がやけに多いなと思っていた。広場の所までやってきて何故だか理解する。しばし階段に座り込み、雪をならしているのを見学する。息子が高校生の頃までは毎週末、フッド山に通った事を懐かしく思い出す。私もかなりのめり込んだ。息子のエリックが小学校4ー5年生の頃までは私の方が技術的に上まっていたけど ミドルスクールから高校生の頃には足手まといだからと 一緒に滑る事はなくなり 彼の友人達の運転手で、ときおりひとりのんびりとすべっていると、Hi Momと横をこれ見よがしにジャンプなどし悔しい思いをしたものだ。

5/29 コロンビア渓谷


 ガイドのお仕事で コロンビア渓谷5時間のドライバーガイドに出かける。かなりの高齢の方だったけどハイキングがお好きとかで 好天気に恵まれ楽しい5時間となる。ビスタハウスの展望台よりコロンビア川見える。川向こうはワシントン州。30度近くまで気温が上昇しもう夏のようだ。 

2009年5月24日日曜日

イエーツ

The Yeats Reader: A Portable Compendium of Poetry, Drama, and Prose

 午前中にセルウッドの図書館へ本を返しに行くと ニューブックのセクションにイエーツの本を発見する。うれしさのあまりニヤニヤしながら借りて来た。poem, play, autobiographical writings, critical writing, prose fictionで構成されている。オーデンや大江健三郎の世界をとおして彼の詩を読んだ事はあるがここはじっくりこの本を読んでみようと思う。日本語訳と違って英語での理解は時としてわかりやすい様な気がする。しかしFor men improve with the years,/Is this my dream,or the truth? これが日本語訳だと なぜならば男は年々自らを改良する物だから。/しかれども、しかれども/それは俺の夢見る事か、真実か?日本語訳の方がぐさっと胸に突き刺さるものがあるなー。 

2009年5月21日木曜日

母の日のプレゼント

The Human Condition (2nd Edition)

 母の日の次の日息子から郵送されて来たプレゼントにカードが添えられていた。In a way my gifit is not a just this book, but a window into my brain, as Arendt has definitely molded the way I think.  I love you.  Eric  普段から彼とは哲学や本の話を電話のたびにしていて、少し日常から外れた親子だと言う事は自認している。不況のあおりと新型インフルエンザの影響でガイドの仕事が急減しているのを理由に読書ざんまい。最近はアメリカのコンテンポラリーの文学を乱読して しばらく哲学書から離れていた。昨夜から読みはじめる。ハンナアレントはハイデガーの生徒で 一時期愛人関係にあったと言う記憶があるが 今こそ読むべき本だと驚く。人間とは条件つけられた存在である。人間とは自然の物であれ人工的な物であれ全ての物を自己の存続の条件にする様に義務付けられている。労働 仕事 活動という3つの能力。その中の活動、actionとは物質の介在 無しに直接人と人の間で行なわれる唯一の活動力、他者同士の人間が言語に寄って協力あるいは対立する行為である。それはすなわち政治へもつながっていく。言語行為はたんなる 情報伝達ではなく言語に寄る他者への働きかけを指す。自分が何者であるかを他者に認識させる事である。政治における平等の理念とは政治的行為者が持っている財産や能力に由来する不平等が政治的空間で平等化すること。息子からの私への課題はシモンヴェイユとの類似性を探すこと。



2009年5月20日水曜日

花瓶


 朝5時起きで 白内障の手術のため出かける知人のお手伝いで 運転手として送り迎えをする。2時間程で全てが終了し、お宅までお送りした。その後 朝食を準備してくれていた友人のANNAの家による。お昼過ぎから工房で特注の皿の素焼きの準備をする。陶器市で購入していただいた壺を花瓶として使っている写真が届く。高さが55cmほどある壺に大輪の赤いオリエンタルポーピーがなかなか似合っているではないかと 自分の作品ながらもしばし見とれてしまう。

2009年5月13日水曜日

WOW

 和装も素敵だが 洋装もこれまたすばらしく 若い2人は幸せそう。

2009年5月12日火曜日

結婚式前撮り

 10月に結婚式をあげる姪っ子の 前撮り写真がメールで届く。岡山の後楽園での撮影らしい。まるで映画の1シーンを見ているようだ。ドレスの写真は次回のブログにのせる事にしよう。ホテルプロジェクトのパーティへ行って来た。まだオープニングの日は決まって無いようだ。何年か前に働いていたのタイル会社の社長のANN SACKSにひさしぶりに会う。彼女とPAIGE POWELLのご両人の親しげな様子に驚く。ANNも私がこのプロジェクトに参加していた事を知らなかったらしく驚いていた。世の中は広いようで狭い何処でつながっているかわからない もしかしたら私もすてたものじゃないかもしれないなと思う。ちょとづつながら陶芸家として名前が浸透してきているようだ。

2009年5月9日土曜日

Breast cancer walk 2.3miles


 乳ガンというのは以外に身近におこりうる。2人のサバイバーと共に2マイル程歩く。全体の人数は分からないがかなりの参加者でお天気にも恵まれ良い運動となった。初めてブロードウエイブリッジを歩いて渡った。よくぞここまで2人とも頑張った。敬意を表する。