2010年7月26日月曜日

フニャ フニャ

     

 午前中は 一晩中窓を開けっ放しにしているので 部屋の中はひんやりとしている。さすがに午後4時を過ぎる頃から、外の熱気を家の中に居ても感じる。スーツケースの最終チェックをしている横でモンタナはフニャフニャ化して ころり、ころりと身体の位置を変えている。
 

2010年7月25日日曜日

Eric & Rachel



 昨日の午後ユージンから訪ねてきた息子達と 帰国準備を中断して アルーバータのPetit Provanceで朝食をすませ 自宅の近所のウエストモーランドパークを散歩し木陰でおしゃべり。適当にお腹が空いた所で セルウッドのJadeでお昼にする。取り敢えずは母親の役を果たすべくお説教じみた注告を息子の耳がいたくなるほど繰り返し、後は彼の研究課題や彼女の博士課程の進み具合を聞き、ストリート スマートをもじり 私はストリートラーンナーだからと真剣に彼等の話に耳を傾け 勉強会のようだった。夕方過ぎに帰ると言う彼等を準備があるからと説得し早めにお引きとり願った。しばらくは例年の様に母ではなく娘として過ごさせてもらう。

2010年7月24日土曜日

言葉は文化の象徴?

 言葉の足りなささや、あるいは多すぎで人の感情を害してしまう事があるとふと思った。長く違う言語での生活をしていると、言葉の持つ大事な部分を忘れてしまうのではないだろうか。英語が堪能になればなるほど、こちらでの生活習慣が自然と見につく。特に若くして来た場合いろんな場面での言い回しの経験がないから 日本語での表現の仕方を知らないのではないだろうか。英語で感謝の気持ちや、人を思う気持ちを表現するのは複雑でないが、日本語と来たら言い回しが多々あり頭を悩ますほどだ。3ー4年ほど前、あまりにも傍若無人な振る舞いが多い息子を 日本にいる友人に相談して、3か月ほど彼女の知り合いの会社で働かせてもらった事がある。その成果は絶大で、まず謙虚さを身に付け 完全ではないが謙譲表現ができるようになっていた。それでも日本ではLOVE YOU MOM なんて電話の後言わないから どうやってgranpaや granmaとの電話をお終いにするか困っていると相談された事がある。言語を習得するという事はきっとそれぞれの習慣も身に付けるという事ではなかろうか。日本からちょっとの間やってくる旅行客のお世話していると つい慣れ親しんだ習慣が前に出て戸惑う場面があるから充分な配慮が必要だなーと考えた。

2010年7月23日金曜日

帰国のしたく

 バタバタと家の掃除をし、帰国のあいだ 泊まり込みでモンタナの世話をしてくれるJAN のベッドの準備を済ませほっとしている矢先、息子からの電話 明日こちらにやって来るとの事。帰国準備の邪魔にならない様にするからとの控えめな態度に ついほだされ 彼の好物の料理の下ごしらえなどしてしまう。母親とはやっかいなものだなー。

2010年7月22日木曜日

怒りの対処法

 身体の疲れは休めば治るからじっとしていれば良い。フツフツと沸き上る感情の対処方は人それぞれあるのだろうが、私は取り敢えず自分の中に入る作業を続ける事にしている。状況に照らし合わせ本を選び読む。森の生活は正解だった。穏やかな所へ自分を持って行くと自然と状況が把握できる。何が欠けていたのか自然と見える。私に見える物はいずれ他人にも見えて来ると信じている。始めての仕事をする場合下調べと、自分の役割りを明確にしておくべきだ。それが出来ないのであれば聞く耳を養い他人におんぶされながら行けば良い。それも出来ないとするならばもっと自分のあり方を根本的な所から考え直すべきだ。礼儀作法だけはきちんと身に付けた方が良い。自分の道を探そうと必死に生きている仲間達に囲まれ 御互い支えながら生きて来た私は幸せ者だ。

2010年7月21日水曜日

Transcendentalism

 ソーローがエマソンの超越主義の綱領 自然の出版後できた超越主義クラブの一員となったのは1836年、1844年エマソンは湖や森の破壊を防ぐべく土地を購入した。その土地にエマソンの許可を得、1845年ウォールデン湖のほとりに小屋を建て森での独居生活をはじめる。1年あまりの森での生活の記録ともいうべき森の生活が出版されるのに15年の歳月をようしている。話が長くなってしまったが森の生活を読み返す。1週間あまり家を留守にし、大学の寮生活をした。なじんだ我が家でのルーティンを離れ コンピューターもテレビもない生活で 最初のうちは歎異抄入門を読んでいたが 高校生55名との共同生活で 静かな時間を持つのにはやはり森の生活は最適だった。生きる事の目的、人生をどう生きるかを、若き高校生との触れ合いの中で考えさせらる時間が持てたのはありがたいなーと思った。柔軟な思考が出来れば歳をとるとは素晴らしい事だ。ラフティングのデシュート川の最終地点で 息子のエリックの高校時代の仲間 コートニィに出会う。すっかり大人になりやんちゃ坊主がここまでとうれしくなる。夏はラフティングの仕事 冬はスキー場 その合間に大学でクラスをとりもう少しで終わるとか。彼等をスノーボードや川へ連れっていった頃の事を懐かしく思い出す。

2010年7月7日水曜日

HEAT WAVE

  先週末ぐらいから暑い日がやって来るとのニュースに 本当かなーと疑り深くなるほど涼しい日々が続いている。やっと昨日、華氏で85度を超えた。今日、明日は95度ぐらいまで上昇するらしい。やって来るならやって来いという気分。取り敢えず扇風機は引っぱり出した。明日はシアトルの空港まで学生55名のお迎えに出向く。

2010年7月1日木曜日

父の誕生日


 日本では昨日になるが7/1は父の誕生日だ。90を越しても元気でいてくれる事に大感謝。若かりし頃まるで麻疹にかかった犬のようだったと母が言っていた。もちろん娘としていろんな場面で衝突し激論も交わした。継続は力なりと教わった。だから懲りずに物を作り続けている。