2011年12月7日水曜日
Ready to go
朝から掃除や洗濯 スーツケースの最終確認 Annaとの打ち合わせを兼ねたランチとバタバタと駆け回った。 気配を察しているモンタナとゆっくりと時間を過ごす。いろんな意味で2012年は岐路の年となりそうで、焦らず前に進もうと思う。Ericは2クラスの生徒達、50人のファイナルの採点で忙しく、元気にやってるとのことで一先ず安心。
2011年12月4日日曜日
sale 終了
残念ながら例年に比格するとかなり売り上げが落ちた。終了後 3時過ぎから気の会う仲間達と夕食に出かけた。3日間、長年来のおつきあいのお客様とひさしぶりに ゆっくりおしゃべりが出来 之は之で良かったのだと納得できるホリデーセールだったと思う。てんてこまいの忙しさで普段オシャベリなんて出来ないから。あちこちでおこなわれているセール、友人達から全滅だとしょんぼりとした声で連絡が入る。其の中での私の成果は申しわけないほど皆を上まっていて、感謝のみ。手伝ってくれたお馴染みの友人達いつもありがとう。夕食まで御馳走になってしまって申しわけないなー。大好きなチューリップや素敵な花束ありがとう。
2011年12月3日土曜日
Studio sale 1日目
2011年12月1日木曜日
2011年11月30日水曜日
New Work 2
2011年11月29日火曜日
スープボウル プロジェクト
お隣ワシントン州バンクバーの2012年 スープボウルを作り 競売にかけ、売り上げをFOOD BANKに寄付するというプロジェクトの3人のうちの1人に選ばれる。今回は友人のANNAとの共同制作で75個作る事になった。彼女がベースのボウルを作り私が絵付けすることになる。1個当たりの買い上げ金はたいしたことないが、意義あるプロジェクトでやりがいがありそうだ。この不景気で飢えている人が多数いる現状で なんらかの形でお手伝い出来る事を嬉しく思う。それと同時に私の作品を認めてもらえたことは嬉しい限りだ。
2011年11月26日土曜日
後日談
サンクスギビングの駐車場事件の後日談。抗議のノートに対する返事らしき物が車のワイパーにはさんであった。謝っているのか言い訳しているのか 2枚にわたる手紙で 1.2012のレンタカーで道路に停めたら傷でもつけられる可能性があった。2.5月に事故に遭い身体の調子が悪い.3.ちょっと停めるつもりが眠ってしまった。4.アパートの大家がちゃんと駐車場を管理してくれないから。5.住人でない車を停められて 自分もいらついている。あなたも私の気持ちが分かるだろうから一緒に大家に抗議しようではないか。などなど書かれていて唖然としてしまった。シンプルにI am sorry,not happen again.で私の気持ちはおさまるのにね。
2011年11月24日木曜日
Thanksgiving
Thanksgiving ホリデー ERICが1日泊りでユージンからやって来た。七面鳥は焼かず 和食が食べたいという愛しい息子のために せっせとお料理し 楽しい時間をすごしたまでは良かったのだが アムトラックの駅まで送るために駐車場に出たら 何と私の車の後ろに見知らぬ車があるではないか。完全にトラップされていて動けない。電車に間に合わないかもと焦りまくる。一旦ERICが抗議のノートを書くと 私のキーチェインを受け取り部屋に戻っている間に 電話をかけてTAXIをなんとかよぶ。これで一安心とERICをTAXIにのせこみ彼は慌ただしく出立する。腹の虫のおさまらない私は新たなる抗議文をしたため外に出ようと 鍵をさがすがこれまた何処にも無いではないか、そこでOH NOと叫んでしまった。彼がちいさいころ スキー場で私から鍵を受け取り車に戻り そのまま車の中に鍵をおいて閉めてしまった苦い経験から すぐポケットに鍵を入れるという習慣が見についているのだ。慌てていたので私に鍵を返す事を忘れ 私も貰う事を忘れたという結末。家の鍵 車の鍵 工房の鍵すべてERICとユージンへいってしまった。車の合鍵は無い。家と工房の鍵はJANが持っているのでまー良しとしよう。全くもって人の迷惑を考えずに駐車した大馬鹿者のせいでおきた、とんだ災難。ちなみに駐車場は四ヶ所も空いていて 私の車の後ろに停める必要性はなっかたのである。時間とともに笑えるようになったものの 一時は何がTHANKSGIVINGかとむっとした。
2011年11月22日火曜日
2011年11月20日日曜日
2011年11月19日土曜日
Glaze firing
かなり冷え込む朝 図書館経由で工房へ。本焼き1回目を開始。明朝には焼き上がるだろう。1日1冊の速度で読書中、乱読もいい所で 系統だてて読んでない自分に少々あきれ気味だ。まさに活字中毒とはこのことかもしれない。New Pengin parallel text 日本語の短編小説集を見つけ夢中で読んでしまった。英訳と日本語が隣り合わせで編集されていて面白い。日本語の持つ微妙なニュアンスがどう英訳されているのか興味深い。
2011年11月18日金曜日
絵付け終了
ホリデーセール用の器の絵付け終了。明日から釉薬をかけて本焼きの準備に入れそうだ。友人のANNAから電話があり回転寿司のランチで一休み。食事の途中 長年のお客様より電話がありハワイへ行ってしまうので 其の前に何点かの作品を購入したいとの事で 工房に慌てて戻る。 小川洋子のホテルアイリスの英訳を図書館でみつけた。他人の現実と非現実、若き世代の日常や感情の流れ、人間の奥に潜むおぞましい程の欲望と 刻まれた悲しいほどの記億のはざまで 生や性を持て余す孤独な老人の姿に真実と現実は 時として別物なのではと思った。彼女の世界は奇妙ながら人間の本質を冷静にみつめていて 息苦しくなる。
2011年11月17日木曜日
2011年11月10日木曜日
2011年10月28日金曜日
2011年10月26日水曜日
2011年10月20日木曜日
2011年10月19日水曜日
2011年10月18日火曜日
インフルエンザの予防接種
インフルエンザの予防接種をすませた。古語の動詞の活用と助動詞の活用をERICに説明するために ここの所、暇さえあれば勉強している。勉強がこんなに面白いとは。もっともっと若かりしころやっとけばと 今さら思っても仕方ないか。
2011年10月16日日曜日
2011年10月9日日曜日
2011年9月30日金曜日
粘土購入
昨日の身体のダルさは何だったのだろうか?というぐらい 爽快な気分で朝 眼が覚める。延び延びになっていた粘土の購入をすませた。明日からいよいよ作陶に入れる準備がととのい、ずっと考えていた陶板の作製に取りかかる。何年も工房のビルで頑張っていた連中が 次々にいなくなっていく。近年の人の入れ替わりの激しさに驚く。いつの間にか私が古株になっている。あっという間に16年が過ぎた気がする。続ける事に意味があると父が何時も話し、いろんな事にうとくなった今でも 何を作っているのかと?私の生き方を肯定してくれる父や 愛しき兄妹に感謝しつつ作陶の日常にもどるとしよう。
2011年9月29日木曜日
あふれる思い
忙しかったガイドのお仕事が一段落した。年老いた両親や 心暖かい兄妹や友人との夏の日々が心の中で反芻され溢れ出る様なやさしい思いにつつまれる。夜中に耳にした父の歌声を思い出すと生きる勇気が沸き出す。妹に貰った星野道夫の旅する木 を3回も読み返す。ワーズ ワースの低く暮らし、高く思うとはこんな生活なんではと思う。日常生活におわれてつい忘れてしまう自然 風景が地球上で生活する多様な人々の心の風景とかさなりあうとき それに出会う時の感動は人を変える力があると強く思う。高校の登山部をひきつれ あちこちの山を歩いた父の見た風景が 戦争中の中国、母との出会い、父の見て来た風景が 夜中に聞いた父の歌声の中に見えた。
2011年9月10日土曜日
2011年9月6日火曜日
大集合
2011年9月1日木曜日
2011年7月26日火曜日
2011年7月24日日曜日
2011年7月23日土曜日
モンタナ嬢の好き嫌い
昨夜 リビングルームのガラス戸の前に座って、外を眺めていたモンタナ嬢が不思議な声を発し何事かと私の注意をひいた。外のベランダにグレイと白の子猫が座っていて それに向かって話しているらしい。可愛いらしい声で大丈夫かと聞いていたのかもしれない。数匹の猫の訪問者がいるのだが、あきらかに野良猫と分かる汚れた大きなやす猫や、態度のでかい黒猫はモンタナのお気にめさないようで 近くに寄るなとガラスごしに大騒ぎ、猫の世界でも偏見や好き嫌いがあるのだろう。モンタナはグレイの入った猫がお好みのようだ。家の中から威嚇してもどれだけ手練手管のサバイバル猫達に通じる事やらと 思春期の頃の息子と姿がかさなり、笑いが込み上げて来た。
2011年7月22日金曜日
2011年7月21日木曜日
2011年7月16日土曜日
一段落
たて続けのガイドのお仕事がやっと終わりちょっとほっとしている。15日夕方、ERICがユージンから一晩泊まりでやって来た。仕事の終了が送れ1時間程 外でまっていたらしく窓越しにモンタナと遊んでいたそうだ。仕事の疲れも忘れて、夜中まで喋り込む。次に会えるのは 私が日本から戻る9月だねーと、例年と同じく留守中のお節介をやき、食料品やついでにすぐ飛んで行ける距離でないのでと、さしてないお金まで放出し母親とは損な役目とあきらめの境地。世の中の同年齢が老後の生活設計であたふたしているのに 何たる事かと自分をいましめてみるものの、まーあなたが 私にとってのretirement planだと釘をさしておいた。まかせておいてとの言葉を100%信じているわけではないが。
2011年7月10日日曜日
2011年7月3日日曜日
2011年7月2日土曜日
2011年6月18日土曜日
工房オープンナイトその2
2011年6月17日金曜日
工房オープンナイト
ジャンの工房でイベント前
ソーラーパネル
屋上からダウンタウンを眺める
1階のロービー キム一家
やっと工房のオープンナイト6/11の写真を入手した。1階から4階の全階がアクセス可能となり、かなりの人が見学にやってきてくれた。ソーラーパネルが屋上に設置されているのだが、屋上までのツアーもあり、建物からの景色も見る機会があり好天気にめぐまれ 絶景だった。去年の参加者300名を上まったのではないかという情報もある。ワインそして今年は建物のオーナーのケンとメリーがオードブルまで用意してくれた。バンドもはいり若者で1階は大混雑だった。4時から10時までひっきりなしに人が出入りし、残念ながら他の工房を見学できなかった。連絡の取れずにいた和代さんにも会えた。まりこさんや和代さんは私の客の応対にかり出されてんてこまい。ジャンは写真の記録係で走り回っていた。
ソーラーパネル
屋上からダウンタウンを眺める
1階のロービー キム一家
やっと工房のオープンナイト6/11の写真を入手した。1階から4階の全階がアクセス可能となり、かなりの人が見学にやってきてくれた。ソーラーパネルが屋上に設置されているのだが、屋上までのツアーもあり、建物からの景色も見る機会があり好天気にめぐまれ 絶景だった。去年の参加者300名を上まったのではないかという情報もある。ワインそして今年は建物のオーナーのケンとメリーがオードブルまで用意してくれた。バンドもはいり若者で1階は大混雑だった。4時から10時までひっきりなしに人が出入りし、残念ながら他の工房を見学できなかった。連絡の取れずにいた和代さんにも会えた。まりこさんや和代さんは私の客の応対にかり出されてんてこまい。ジャンは写真の記録係で走り回っていた。
2011年6月14日火曜日
2011年6月9日木曜日
2011年6月8日水曜日
鴨長明
息子に刺激されて方丈記を読む。高校時代の古文のクラスじゃ これ味わえないよなーと思った。ぐんぐん胸にせまり うんうんと頷いてしまうのだ。50年が寿命と言われた時代にギリギリまで世が捨てられず、世からはじきだされ、はじめた方丈の草庵の暮らしぶりが出家遁世とは違う、煩悩に充ちた未練たらたらの人間くささで ひしひしとこちらに伝わって来る。仏道修行ではない 追い込まれた場所で 開き直るかの様に心の平安を得たとするならば儲けものだなーと思ってしまった。利得と全く縁のない我が暮らしも悪くはないと 自虐に近い認識をした。若者には悪いが、息子も含めて、君らがこの世界をひしひしと感じるには修行がたりないぞーーーー。
2011年6月5日日曜日
ゴロワーズ、
1950年代の女性像、フェミニストの作家の回想録、自叙伝。サルトル、ニーチェ、サリンジャー、カミユにジェムス ジョイス、トーマスマン、マルクスにハイデガーなどなど 彼女は読んでいて自分と同じだと苦笑い。自分を犠牲にしてスクリーンライター志望の夫にすべてをたくす。芸術家も作家も似た所があって 作品を評価される前に その生き方が、狂気に近い行動も 芸術という前に許されたりする。フランスの煙草ゴロワーズにゴダール監督の気ちがいピエロのジャンポールベルモンドを思い出し、自分の青春を思い、胸がちくりとした。この煙草って日本でも 違う自分の象徴だったはずだ。サルトルもこの煙草を愛用していたそうな。ちとひねた若者はこれにあこがれたはず。
2011年6月2日木曜日
2011年5月29日日曜日
2011年5月25日水曜日
2011年5月22日日曜日
2011年5月13日金曜日
The knitting circle
ひさしぶりの青空、気温も20度を上まり 3時間程のドライバーガイドのお仕事で市内観光。工房での仕事におわれて、出来なかった読書に専念している。一日一冊のペースで読んでいる。3ー4年前話題になったこの本は読了後、そうだーよなーと納得してしまった。編み物に夢中になった時期のある自分にとって 糸から棒針2本で形のある物を作り出す単純作業は心をいやしてくれる物がある。表編みを2つ 裏編みを2つ これを繰り返して行くとゴム編みになる。いわゆる袖口や裾の部分。同じ空間でそれぞれの悩みや苦しみを抱えながら ただひたすら編む。お勧め出来る一冊。一人で苦しまず 逃げるわけでもなく ちょっとの間 靴下やセーターを仕上げる間、編みながら時間の流れるのを待ちましょう。分かるなー。この世界。
2011年5月11日水曜日
2011 モルトノマ図書館 reading project
2011年5月10日火曜日
2011年5月9日月曜日
special delivery
2011年5月8日日曜日
mother's day letter from Eric
When I heard the learn'd astronomer,
When the proofs, the figures, were ranged in columns before me,
When I was shown the charts and diagrams, to add, divide, and measure them,
When I sitting heard the astronomer where he lectured with much applause in the lecture-room,
How soon unaccountable I became tired and sick,
Till rising and gliding out I wander'd off by myself,
In the mystical moist night-air, and from time to time,
Look'd up in perfect silence at the stars.
- Walt Whitman
I like this poem because it reminds me a little bit of Dogen's famous idea that when you point your finger at the moon, all you can see is the finger that points and not what it is pointing to. Sometimes we get caught up in assigning meaning to this or that, to understand things based on some kind of predetermined criteria, but in the end it is always best to let things be, because the silence of the stars is always more beautiful than noise we make to explain them.
I have always been the type of person to try and point, to try and measure, I am, after all, a thinker. For me I get caught in a trap where I can no longer tell if I am seeing my finger pointing at the moon, of if I'm seeing the moon. Or, I obsess about the human incapacity to truly bridge that difference in cognition. But these days, I have taken to heart the Buddhists, and when I think of the way that you live each day, I start to realize that it may well be time for me to grow up.
I love you mom, thank you for everything.
When the proofs, the figures, were ranged in columns before me,
When I was shown the charts and diagrams, to add, divide, and measure them,
When I sitting heard the astronomer where he lectured with much applause in the lecture-room,
How soon unaccountable I became tired and sick,
Till rising and gliding out I wander'd off by myself,
In the mystical moist night-air, and from time to time,
Look'd up in perfect silence at the stars.
- Walt Whitman
I like this poem because it reminds me a little bit of Dogen's famous idea that when you point your finger at the moon, all you can see is the finger that points and not what it is pointing to. Sometimes we get caught up in assigning meaning to this or that, to understand things based on some kind of predetermined criteria, but in the end it is always best to let things be, because the silence of the stars is always more beautiful than noise we make to explain them.
I have always been the type of person to try and point, to try and measure, I am, after all, a thinker. For me I get caught in a trap where I can no longer tell if I am seeing my finger pointing at the moon, of if I'm seeing the moon. Or, I obsess about the human incapacity to truly bridge that difference in cognition. But these days, I have taken to heart the Buddhists, and when I think of the way that you live each day, I start to realize that it may well be time for me to grow up.
I love you mom, thank you for everything.
母の日
先日 工房でラジオを聞きながら仕事をしていて耳にした あるアメリカの老人ホームの話。年と共に記億力の低下する父親と住んでいる彼女は 毎朝 辞めてしまった仕事に出かけようとする父親を説得するのに時間を費やしていた。隙を見て出かけてしまい 徘徊という形で保護される父親に胸を痛めていた。ある老人ホームを訪れた時、施設の前にバス停があり ベンチがおいてあるのを目にした。老齢の女性が座ってバスを待っている。介護士がいつの間にか彼女の横に座り一緒にバスを待っているようだ。何時まで待ってもバスが来ないのを不思議に思っていると、施設の係員が バスの来ないバス停だと説明した。そこでも 数おおくの老人達が 仕事に出かけようとする、子ども達が待っている、家に帰るとホームを出てしまい 何のために出かけたのか忘れてしまい迷子になったり 保護されたりする事に胸を痛めていた。そこで思い付いたのが バス停を作る事だったそうだ。出かけようとする人は止めず 服を着がえ、出かける御老人たちを静かに見送る。そしてバス停の前で座って待つ彼等を見守る。横に座り 青空を眺めたりしながら 時間が過ぎるのを待つ。ある程度の時間が経つと納得したかのように 自分達の部屋にもどる。ゆっくりとご老人達と対処しようとした時 穏やかな空気がここの施設に流れる様になったそうだ。こちらの都合にあわせず、ご老人達それぞれに合わせる様に心がけているそうだ。私の母が父に対する態度そのものだなーと思った。好きな様ににやらせてあげているのだ。世の中の全ての母たちに敬意を表する。
2011年5月7日土曜日
JQR
島根県益田で作られるニットで作られた打ち掛け。JAPAN QUALITY REVIEW
英字をクリックすると記事が読める。なかなか興味深い記事。デンバー時代に知り会い、以後母を筆頭に私の家族が愛してやまない3代目の彼女の画期的な作品。陶器市の売り上げがちと悪かったとこぼしたら さりげなく作品を購入しようとしたり耳の悪い父とちゃんとお話できたり驚く事が多々ある。
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