2008年8月30日土曜日

The Phantom of the Opera

The Phantom of the Opera us_tour Artwork
 ブロードウエイのファントム オブ ザ オペラへ行って来た。1時間30分ほどブロードウエイ協会のご案内のお手伝いをし それとひきかえに無料での観劇。夏の間会わなかった友人と御喋りしながらのお手伝い。彼女とはオペラや国際映画祭などによくボランティアとして参加する。舞台装置の面白さに驚きながら楽しい時間をすごした。 

2008年8月29日金曜日

姫路城パート3


         姫路城に見た現代絵画のルーツ 抽象絵画そのもの 

姫路城パート2














        撮影 by 摩耶

2008年8月28日木曜日

姫路城



 
















 8月3日 すごい暑さの中 姫路城に出かけた。汗が流れる感覚というのをひさしぶりに経験する。日本の城はすごい。素晴らしいの一言に尽きる。白鷺城と呼ばれたのに納得。35度近い炎天下の見物は汗だらだらの凄まじい行程だったが 行って見て解る感動に今でも 驚きを隠せない。姫路城の近くの美術館で 丁度モディリアーニ展の最終日に間に合いこれも堪能。楽しい一日となった。

新成羽川ダムの上流


 まるでコロンビア渓谷を見ているようだが スケールの大きさでは コロンビア川の勝ち。新成羽川ダムからみた上流で この高梁川流域にはいくつものダムがあるらしいが、そういう所もコロンビア川のボナビルダムを思い起こさせてしまう。まるでオレゴニアン丸だしの私と苦笑い。美しさにおいてはひきわけ。岡山でオレゴンを思い出すとは想像していなかった。 

日本の夏















 フォトby かな
 夏の 暑い夏の涼気をよぶ かき氷

真備の空

 真備の空。田の水に映る空模様。にわか雨の切れ間なのだろうか。姪のコンピューターのファイルからいただいたもの。彼女は良い写真を撮る。

2008年8月27日水曜日

ポートランド到着

                敷地の左側が父母の家
            兄一家の家より自宅に戻る母 
       敷地の右側にある兄一家の家 8月27日朝6時撮影 
 
 ポートランドに戻ってくる。朝 兄に空港まで送ってもらい 羽田から成田そして 31日間に渡る私の夏休み終了。出発の前夜 母が用意してくれたお風呂に入る。母流のおつかれさまという気持ちなんだと どんどん気持ちが高まって 帰りたくないと心底思ってしまった。そう言うわけにもいかないかとブツブツ。何時もならとっくに寝ている母もウロウロと落ち着かない様子、それにしても 別れはつらい。去年の夏から工事していた兄一家の家が庭先に完成して本当に良い距離間を持って生活している様子に一安心。優しい家族というものは 離れると身にしみる様に胸に迫ってくる。 さて 問題のモンタナ嬢は黙々と自分の生活をしていたようで しかも私よりジャン叔母さんに良いもの食べさせてもらい毛並みもつややか 少しは嬉しそうだが 抱こうとするとどこかへいってしまう。こうなったらハラスメント並みに私の方が猫を追っかけまわす。ベッドルームにゆっくりおやすみなさいとJANが置いて行ったCDが気持ち良く流れていて嬉しい限り。家族や友達って本当にいいものだ。   

2008年8月2日土曜日

日本より

 7月31日予定より30分早く 成田到着 4時45分 成田エクスプレスにて東京駅に移動。6時3分ひかりで新大坂 経由で岡山へ。8月2日、岡山の妹夫婦の家よりドライブに出発 詳細は後ほど写真と共に公開予定。とりあえず 忘れないうちにだいだいのコースの記録。伊原市美星町より新成羽川ダム、湯野小学校、広兼邸、吹屋ふるさと村、日本一古い 現在も使われている木造建築の小学校 ふきや小学校などなど 見学し夕方6時過ぎ帰宅。明日は姫路城などへ行く予定。

2008年7月30日水曜日

ブログの更新について

 しばらく日本の中で移動するので ブログの更新が思うようにいかないと思う。自分の毎日や思いを整理したりするのに過大な役割を占めてきた。情報社会にどっぷりつかっている感があるので すこし心もとない気がする。ちょっと前までは毎日、日記を書いていた。それに戻るだけの話なのだが。モンタナがしきりに私の注意を引こうとしているので しばらく遊んで眠る事にする。

2008年7月29日火曜日

準備完了

 いよいよ 明日7月30日 ポートランドから直行便で日本へ行く。部屋の掃除、工房の整頓、支払いすべての準備完了。モンタナは友人のJANが私の所に寝泊まりして面倒を見てくれるから 何も心配いらない。子供に関しては余計な心配をしてしまう。取り越し苦労でも母親というのは困ったものだ。私だって学生時代 親元を離れて東京で暮らしていたのだから。あの頃 私の母はゴチャゴチャ言わなかった。あの自信は私を信頼していたからなのだろうか?それにしても 今頃になって分かる 我が母の偉大さ。4週間あまりしかないけど 精一杯お手伝いしてこようと思う。

2008年7月27日日曜日

3冊の本

Extremely Loud and Incredibly Close - Image Courtesy of http://www.jonathansafranfoer.comThe Motel Life By Willy VlautinBlind Willow, Sleeping Woman: 24 Stories

  3冊 本を購入。帰国の際 移動時に読むつもりで購入したにもかかわらず 誘惑に負けて拾い読みするつもりが 真剣に読みはじめてしまう。まーいいかと訳の分からない事をつぶやきながら それでも本が離せず困ったものだ。都合の良い事に空港にはポートランドが誇る素晴らしいパウエルBOOKが 3店舗もあるしと自分に言い聞かせ 本腰をいれてモーテルライフを読みはじめてしまった。ここまでくると中毒だ。

レニアーチェリー

 ウッドストックのリンボーへ野菜を求めに行ったら レニアーチェリーのセール中でなんとこれだけ全部を2ドルで買った。直径30cmの皿いっぱいになる。普通 ポンド(453g)4ドルぐらいで売っているので 随分 得をした気になる。

2008年7月26日土曜日

レシピ

 母も私も妹も作るヨーグルト入り簡単ケーキのレシピ。1970年代 まだ日本にいる頃から重宝しているレシピ。だまされたと思って御試しあれ。まずは材料から 小麦粉1カップ ベーキングパウダー こさじ1 砂糖 半カップ  卵2個 サラダ油 半カップ プレーンヨーグルト 1カップ リンゴ2個 レモン汁少し 作り方 1.卵 サラダ油 砂糖をボールに入れて混ぜ合わせる。これにヨーグルトを加える。2.1にふるった粉をだまが出来ない様に少しずつ加える。3.パイ皿に2を半分流し込みスライスしたリンゴを輪をかく様に並べる。4.残りの2を流し込みオーブンで350F(200度)ぐらいで30分ほど焼く.まわりが少し焦げたぐらいがおいしそうに見える。焼き立てもおいしいが冷やしても良いお味。レモン汁はスライスしたリンゴにかけておく。 私の母はリンゴの変わりに缶詰の黄桃をスライスして代用していた。泡立てもしなくて良いから簡単。マドモアゼルいくこの おいしくて 太らない 簡単で失敗しない秘密のケーキ作りという本からのレシピ。

ネオテニージャパン 高橋コレクション

 鹿児島霧島アートの森で 日本の現代美術のコレクターの所蔵する若手アーティスト33人の作品88点が展示されているらしい。アメリカでもお馴染みの奈良美智や村上隆など。帰国の際の楽しみが増えた。毎年ここには 兄の家族と訪れる。半日を屋内や野外の展示を見て過ごす。ネオテニー・ジャパン 高橋コレクション展

2008年7月24日木曜日

ソーラ システム

 工房の掃除を友人のANNAに手伝ってもらい終了する。美術学校時代の話で盛り上がりながら楽しい時間を過ごす。工房のある建物全体がソーラシステムに変わる。私の部屋の外の廊下にそれぞれの部屋のメーターの設置がおわり古い建物の一部ながら近代的な様相を示している。とても理解あるオーナーで沢山のアートをめざす人々に場所を提供している。13年あまりの歳月がこのビルに工房をかまえて過ぎたが 家賃は昔のままである。ありがたい限りである。

帰国準備

 恒例の夏の日本への帰国準備に追われている。一か月あまりの日本滞在にむけて部屋や工房の掃除や お土産の買い出しなど 結構やらなければならない事がある。モンタナは友人が見てくれるので安心。モンタナはJANおばさんが大好きなので心配無用。成田空港から新幹線で新大坂 そして倉敷の妹のところで少しのんびりさせてもらって鹿児島入りの予定。去年は妹夫婦に出雲大社や鳥取へ案内してもらった。今年は何処かなと心が弾む。もうすこしで日本の家族や友人に会えると思うとモンタナや息子には悪いがニコニコと笑いがとまらない。

2008年7月22日火曜日

田中一村

田中一村 母の大好きな日本画家 奄美大島の自然を表現し続けた。気分が滅入るような時は いつも母がくれた 絵葉書をじっと見る事にしている。いつのまにか嫌な気分が遠のき 絵の中に逃避出来る。言いたい事 言いたい人には言わせておけと思う。

2008年7月19日土曜日

オレゴンワイン街道

              ワイナリーの入り口の壁

  昨日、お仕事でワイン街道へ行った。女性二人組そこぬけに楽しい方々で あっという間に仕事終了となる。3件のワイナリーを回り 途中でピクニックランチ、会話も弾む。何よりお天気もじょじょに良くなり 景色や空気がすばらしい。是非 オレゴンのワインを皆に楽しんでもらいたいものだ。

2008年7月17日木曜日

第2回 パウエル遠征

 昨日にひき続き パウエルまでのダウンタウン横断。昨日の経験により サイドウォークの状態の把握ができており スムーズに移動終了。時間も昨日より短縮で移動完了。買い取ってもらえない本は店の方で図書館に寄付する事に同意したので 持ち帰らずにすんだ。二日間の合計二百三十ドルのクレジット。ニヤニヤと笑いが止まらない。

刺身 tasting

 オレゴンステート大学の施設でハマチの味見のリサーチに参加した。この施設はオレゴン産の農水産物を中心にそれに携わる人々に利益をあげさせる手段をリサーチする研究所である。それにともなう加工業者 仲買業者 そして販売業者の観点から考えて行く。最終的に新しいビジネス 新しい職場を開発していくのが目的らしい。
 施設は4年まえに NAITO PARKWAYに完成。丁度ユニオン ステーションの裏側にある。今回はハマチの味見。12あまりの味見ステーションでそれぞれが(12人) 3皿を味見 ハマチでない物が混じっているのでそれを見つけだし コンピューターに入力していく。小さな窓口から3回にわたって合計9皿、9切れの刺身が出てくるのだが 醤油とかワサビはない。それは至極 残念。いろんな質問事項があり パッケージング、ならびに消費する量。収入、学歴など。30分ほどで テスト終了。面白い経験をし30ドルいただいた。
Food Innovation Center

2008年7月16日水曜日

パウエルBOOK

 友人が引っ越しをすることになり恐ろしい量の本を整理しなくてはならい事に成る。彼女のSOSに応えるべく 出動、ダウンタウン内での移動だが 徒歩でカートに乗せて移動すると言い張る彼女の意見を尊重し 約7ブロックを2台のカートで移動。ところが途中何度か あまりの重さにカート転覆 本が路上にちらばる。道行く人々は好意的で本を売りに行くのかとすすんで拾うのを手伝ってくれる。さすが活字中毒の多い街である。 一回に付き 半端な数でない本で溢れている一台分のカートの売り上げを 手伝い料として出すと言う彼女に 儀礼的にいらないと2度ほどは お断りしたが 3度目にもう喜び丸出しでありがたくうけとる。パウエルBOOKのランディ氏の本を見極めるスピードは速い。2台のカートをあわせて 三百ドルぐらいのストアークレジットで一日め終了。そう一日め終了と言う事は まだ二日目、三日目があるということ。本と共の大横断はまだまだ続く。彼女は一度決めたらそれが最後 心変わりしないから 車で運ぶという事はやらせてくれないだろう。

2008年7月15日火曜日

Mt.Adams


 Mt. Adams が遠くに見える。ワシントン州に位置し高さは3742mある。写真では分かりにくいが 山の右側にうっすらとたなびく煙は 山火事によるもの。8000エーカーあまりが被害にあっている。ニュースで7100エーカーまで火勢をくいとめられたが 後は自然に任せるしかないらしい。風向きとか 雨が降らないとなかなか 鎮圧できないようだ。発生した煙りなどは 焼けた匂いとともにかなりの期間消えないそうだ。落雷とかでこの季節は山火事が発生する確率が高くなる。広大なアメリカ オレゴン州だけで何と日本の国土の7割弱ある。本州と四国を足したぐらいの広さだ。

2008年7月14日月曜日

アルデンテ

 冷凍庫に眠っていたティラピィアの薄切りにパーマージャンチーズをまぶしカリカリに パンフライし アルデンテに仕上げたパスタの上にパセリやスカリオンのみじんぎりに レモン汁をかけた物をのせ カリカリの魚をのせ しあげに 日本が誇るポン酢をたらし今日の夕食完成。横文字が並ぶとなんだか グルメ風だなと思う。要するに残り物を工夫して食べたという事。

似た者同士


 似た者同士というのは 入らぬ説明が省けるのでやりやすい関係なのかもしれない。ただこれが親子の場合 少し面倒な事になる時がある。敵が何を考えているのか どういう思考回路を持っているのか分かってしまう。先回りをしたがる親にとって 二つ先の角で敵を待ち伏せる気分にさせてしまうのである。子の方は子の方で こちらの出方が分かるから手前の方から攻めてくる なし崩し作戦と勝手に呼ばせてもらっているが。この作戦はかなり威力を持っているので親は足を地につけて対抗せねばならない。泣きつき作戦とかは私には通用しないので今の所 敵も攻略法を極めていない。親側が先手をとり相手の痛い所をつく 兵量攻め作戦などもあるらしい。これは一番効果が出るらしいのだが 腹を減らせて戦をさせるわけにいかない。母には出来ぬ作戦である。 こちらが子に心配をさせる 母上は大丈夫なのだろうかと思わせるボケでのりきろうかと思う昨今である。
 

2008年7月13日日曜日

蓮の花

 鶴丸城は江戸時代島津家久の命によって築城され 人を持って城となすという考えで造られた平屋造りの城だったが 明治6年の火災で焼失 現在は石垣と石橋と濠を残すのみとなった。美術館と歴史館が現在石垣の中に建てられ市民に愛されている
 鶴丸城のお濠には 初夏になると蓮の花が咲く。鹿児島市役所 社会課文化係で鹿児島史跡めぐりの資料を集め 編集 整理したり 少年合唱団の演奏会( 進行役のアナウンスをつとめた。) 公民館や文化センターでの催し物を手伝うアルバイトをした事があった。城山町の中央公民館内に仕事場があり よく昼休みに近くの城跡まで この蓮の花を見に行った。アメリカにやってくる2年前だからもう32年近く前のはなし。今も変わらず夏になると 同じ光景を新聞の片隅に見つけると嬉しくなってしまう。今はインターネットのおかげで 何処にいても同時に情報が得られる。好きな人に、もう蓮の花が咲き始めました。いつ戻りますかなどと情緒ある手紙を出す必要性がなくなったのは じゃっかん 寂しいが。
 

2008年7月12日土曜日

Montanaの新しい座布団

 又してもモンタナ嬢は彼女をこよなく愛してくれる Jan叔母さんより 新しい座布団をプレゼントされ さっそく座り心地をためす。なんとこの座布団の中には またたびの乾燥された物が入っているらしい。よだれをたらさんばかりに しがみつく様に座り込む。

Satarday Market 周辺

 Satarday Marketがあるバーンサイドブリッジの下は 工事中でごちゃごちゃした感があるのだが それでも毎週末になると大勢の人でにぎわっている。先週末、友人のJANの店じまいを手伝ったおり テントをたたみ 全ての出店が立ち退いた後 すぐ後ろがこの建物だった。日本の工事現場と比べるととても大雑把なのではないだろうか。

青空


 7月11日 Mt.Hoodまでお客さまをご案内する。途中コロンビア渓谷を経由し まだ雪の残るフッド山に到着。沖縄の方で雪などあまリ見た事がないと大喜びされる。青空が広がり素晴らしい眺めだった。スノーボードキャンプの若者達でロッジがにぎやか。 

2008年7月8日火曜日

Garlic spears

 週末にファーマーズ マァーケットでGarlic Spearsを購入したので炒め物にする。ただ塩と胡椒で炒めて バルサミコをすこしかけて食べた。これが非常においしく ここのところ やみつきになっている。茎の部分のかたい所をのぞいて 炒めるのだが美味。なんだか疲れがとれるような気がする。 

2008年7月5日土曜日

The Glass Castle

The Glass Castle: A Memoir

3日間ご一緒したグループを 空港までお送りした後 空港内のパウエル書店を覗いたのが事の始まりだった。といっても又 本を3冊も購入してしまっただけのことなのだが。空港からの帰りの電車で 読みはじめて家に帰ってからも 続行5時間ほどで読破したのが ウォール家のメモアー 次女のJeannetteの自叙伝。読みはじめて中断できないほど夢中になった。アルコール中毒の父親と アーティストの母親 そして4人の子供達の凄まじいほどの貧困と戦いながらもウォール家の信念が ひしひしとこちらに伝わってくる。驚くほどその時その時を強く明るく生きてきた一家なのである。結果的に 成長して行く子供達が 自分の意志を持ちはじめた時に 育ってきた環境が負のエネルギーにならず それぞれの道を歩き出す。ニューヨークに移り住んだ子供達を追ってきた両親は 意図的にホームレスとなり生活をする。すごいのは実は母親は テキサスのオイルの出る土地をもち フィニックスにも大きな家を持ちながらもそれを売って生活の足しにしょうとしなかったというのが 後で子供達に分かる。家とか土地というのはセンチメンタルバリューにしかすぎなくて守る物であると母親が娘に語る。Jeannetteが大学を経済的な理由でやめようとした時 ホームレスの父親が黒いゴミ袋一杯のお金を 娘に届ける所では泣いてしまった。これは一読の価値あり。ガラスの家というのは父親が建てたかった家である。
 

2008年7月2日水曜日

無意識

 早朝のガイドの仕事を終え 少しうとうととお昼寝。目が覚めてテレビを何の気なしに眺めていたら 日本のコマーシャルが話題にあがっていた。 ある携帯電話のテレビコマーシャルが 日本に住む外国人の間で批難の声が上がっているらしい。 問題のコマーシャルは 言われてみれば アメリカ大統領選挙 特にオバマ候補の演説の実況放送を思わせる。CHANGEと言うカードを持った人々の中で 猿が演説を行なっていると言う設定なのだが CHANGEがオバマ候補のスローガンであることは アメリカに住む人々には一目瞭然であるが、一般の日本人がはたしてそれを オバマ候補と結び付ける事が出来るかは疑問である。 単に携帯のサービスを変えませんかと言うのがこの広告の 目的なのだが。無意識でも 問題堤起をしてしまうと言うよい例なのであろう。最近大勢の外国人が日本に住んでいるとは言え 98%は日本人というから。人種の坩堝であるアメリカとは違う観念で全ての事が行なわれている日本にとって これからもこう言う事が起きるのであろう。学生時代 広告の勉強をした私に取って興味深く思う一件である。 
 

2008年6月30日月曜日

ジャニス ジョプッリン

 ジャニスの サマータイムを初めて聴いたのは美術学校時代 東京 西荻窪の私の兄のアパート。余りのせつなさに涙がぽろり。それから随分時間がたって1994年の夏ちょうど今頃 ポートランドへ引っ越してきた。Oregon College of Art and Craftに入学が決まっての移動だった。その頃も何故だか ジャニスの曲をよく聴いていた。特にサマータイムはまだ8歳の息子と車の中でよく歌っていた。時代を超えた名曲だと思う。個人的にも人生の転換期に何故だかこの歌が思い出される。昨日の浅川マキといい どうも感傷的になっているようだ。

2008年6月29日日曜日

浅川マキ

浅川マキ「浅川マキの世界」
 
 浅川マキの歌 夜が明けたらを 気が付くと一日中 口ずさんでいた。

 夜が明けたら 夜が明けたら一番早い汽車に乗るから 
 切符を用意してちょうだい 
 私のために一枚でいいからさ 
 今夜でこの街とは さよならね 
 わりといい街だったけどね
 

テンプレートの変更。

 ブログのテンプレートが暑苦しく見えたので変更。少しは涼しげだと思う。朝早く起床 窓を全開して空気を入れ替えし 居間のカーペットを夏用に取り替えた。冷やゾーメンのつゆを作り冷蔵庫で冷やす。これで今日はツルツルと冷たいソーメンが食べられる。これで鮎の塩焼きでもあれば最高なんだけど。

2008年6月28日土曜日

モンタナ


余りの暑さに ゴムの様にのびきったモンタナ。お腹を丸出し。私も同じポーズ。

華氏100度

 華氏100度 摂氏に直すと38度ちかくまで温度が上昇。ポートランドへ暑くなる前にユージンより戻ってきて正解。外はムンムンする暑さだ。モンタナはフニャフニャにのびきって 毛皮を脱がしてあげたい気がする。息子の方も心配したより痛みも 顔の腫れもなく経過良好。母の力強しと満足、一安心。冷房装置のある友人から避難してこいとのお誘いを断り 家の中、涼しい場所を求めてモンタナの後をおかっけまわす。猫は涼しい場所を知っていると聞いた事がある。バスタブが冷たいのか 座り込むというか骨抜き状態で横座りするモンタナに 同情してしまうほど暑い。

猛暑


 ユージンの街はオリンピックの陸上の予選で活気に溢れている。予選会場のまわりではいろんな催しがあるらしい。 残念ながら 今回は息子の世話のみ。 いっぺんに4本 親知らずを抜かれぐったりしている 息子の寝顔を見ていると彼が小さい頃の事を思い出す。よく扁桃腺をはらし 高熱で寝込む彼のベッドの横で本を読んであげたものだ。昔と違うのは わざわざ来てくれてありがとうと 何回も何回も麻酔が切れる前から感謝の言葉を口にする。母はよくここまで育ってくれたと 眠り込む彼の横で涙ぐむ。私が行く前に一階の部屋から 地下室の部屋に移ったので 外はかなり暑いのに 彼の部屋だけはひんやりとしている。 明日は34度まで温度が上がるらしいが この部屋ならしのぎやすい。興味をそそる本で溢れる彼の本棚を前にして息子には悪いが興奮状態。哲学と文学にわけてある本棚の前を行ったり来たり しかも彼は寝込んでいるので好きにあれこれひっぱりだせる。いつもだと 彼の本の解釈を聞かなければ 手に取らしてくれないのだ。

2008年6月25日水曜日

鮭の照焼き

 友人に頂いた鮭を照焼きにした。ご飯が炊けるのを待ちながら ちょっとベッドルームへ読みかけの本を取りに行った。居間の方に戻ろうとすると モンタナが慌てた様子で私の横をすり抜けて 息子の部屋の椅子の下にもぐり込む。変だと思ったのだが 椅子に座りしばし本を読む。 照焼きを食べるぞと台所にもどりお皿を出そうすると 生暖かい感触が足の裏に 鮭の照焼きと一緒に入れた竹輪が床に落ちている。モンタナ嬢の仕業 恐らく竹輪を口にくわえて取り出したものの 熱くてびっくりしたのであろう。走って部屋に逃げ込み姿を見せないモンタナに笑ってしまった。鮭ではなく竹輪とは。昔 妹の猫はトンカツの横に添えられたキャベツだけ食べてしまったことがあって、ベジタリアン猫と笑った事があった。被害が鮭に及ばなくてよかった。

親知らず

 世の中に親知らずが存在する事は知っていたが 幸いな事に私はその処置をしなくても良かった。親知らずが生えてこなかった。語源を調べた事がなかったのだが、息子がその手術をこの金曜日にやる事になり 調べてみた。子供のころと違って 親が知らないうちに生えてくるからそう呼ぶそうだ。異常に費用がかかり 親の経済状態など知らんふり からくるのではないそうだ。成人後に生えはじめる事が多いそうで、英語ではwisdom toothと呼ぶのだが、物事の分別が付く年頃になってから生えるのでそう呼ぶそうだ。息子が 分別の付く年頃に成長した証しと考えるしかないと自分に言い聞かせている。4本いっぺんに抜くそうだ。したがって母はユージンまで 出向いて どのくらい分別がついているのか確かめてくる。

2008年6月20日金曜日

夏至

 一年のうちで 昼が夜より長い日。久しぶりに26度まで温度が上がり 暑いなと感じた一日だった。これからは 製作途中の作品は乾燥が早くなるので 忘れずにプラスティックでカバーしておかないと大変なことになる。3階にある私の工房は夏は暑くてやってられない。これからは早朝のスケジュールか 夕方に変えようと思う。
 ポートランドの スターク ストリートにある太田豆腐で お豆腐を買ってきた。明日のお昼は冷や奴にしようと思う。何でもおいしく食べる事をモットーにしているが 年を重ねるにつれて やっぱり自分は日本人だと再認識する。特に夏はその傾向が強くなる。

モンタナ

 つい昼間の疲れが出たのか テレビをつけっぱなしで リビングルームのソファでうとうとしてしまった。目が覚めてモンタナが 床の方から私を見ているのに気づく。私のマフラーが床に落ちている所をみると 私の眠っている間にひとしきり遊んだのだろう。イノセントな目で見つめられると 文句もいえない。どこかで見た様な目付きだなと思う。そう言えば 何か欲しい物がある時の小さい頃の息子の目だ。無理を承知で 頼み込む時の目と似ている。残念ながら もうその手にはのらないよーだ。と強く睨み返したら 背伸びをしてキッチンの方へ歩いて行ってしまった。

2008年6月17日火曜日

夜回り先生

夜回り先生の水谷修さん(撮影:寺河内美奈)

 水谷修この先生の存在を知ったのは3ー4年前の夏。日本に帰国中に立ち寄った世田谷の友人の家で夜回り先生という本を本棚に見つけた。何の気なしにパラパラとページをめくり 驚きと感動のうちに読み終えた。息子や周りの若者を見る目が変わったといっても過言ではない。気長に待とうと思った。我が自慢の息子も当時自己形成の段階で悩んだり 時には私の理解を超える失敗を繰り返していた。親というものは 先回りをして被害を小さくおさえようという傾向があるが 私もかなり口うるさかったと思う。一人の人間としてみよう 事前に何かするより その過程で ちゃんんと受けてたてる母親になると決心した。子供だって大変なんだということを 忘れない様にすること 自分だってそこを通ってきて 何とかやってるのだから大丈夫と自分によく言い聞かせた。世の中が ただでさえ混沌としている。大人の責任としてかけがえのない 次の世代を担う彼等をちゃんと見守らなければと思う。そういう意味でも この水谷先生の存在は偉大だ。病気を抱えながらも奮闘する彼を尊敬する。

2008年6月14日土曜日

父の日を前に思う事

 私の父は高校教師として大勢の生徒さんに力を注いだ。未だに教え子達が父を 大事にしてくれている。90歳を越して 体力とか記憶力とか衰え出しているが 純粋で優しい自慢の父親である。子供の頃父親が話していた 木曽川治水工事、薩摩義士の話は大人になり 辛い時にどんなに私に力を与えてくれた事か。水害に苦しむ人々のために何のゆかりもない美濃の地に 幕府の要請があったとは言え しかも薩摩藩を衰退させる幕府の企みだと分かった上で 出向いていった。多数の犠牲者をだし藩の財政も逼迫した。薩摩77万石をもって 徳川800万石を倒すといきり立つ藩士を ”幕府と戦うことによって罪もない子供や百姓たちが命を落とす。それよりこれを受けて美濃の民は救われ仁義の道にも添い ひいては家安泰につながる”と、薩摩藩の家老平田ユキエと伴に日本最大の治水工事を今から250年以上 前に行なった。工事終了後 平田ユキエは多数の死者を出した責任をとって自害している。
 卒業して鹿児島から旅だっていく若者達にどんな困難にも負けるな 君たちは薩摩義士の末裔なんだと伝えたかったのであろう。のちに父が退職した時 教え子達が彼を美濃の地に招待した。最高のお返しの様な気がする。私たち兄妹が小さいころ 先生 先生とやってくる教え子の皆さんから お年玉ももらったが それより おせち料理がどんどんなくなっていくのを 心配した記憶がある。私は昔から ファーザーコンプレックスとか 言われたがそれが何で悪いと未だに思う。 

光と影

 光りと影 お散歩の途中で見る花や木がとても奇麗だなと感じる。いろんな嫌な事もあるけど まだこういう形で ささやかながら喜びを 感じられるという事はすばらしい。工房で思いっきり粘土と戯れてきた。今さらの様に 物を作る喜びを感じる。年老いてなお 絵を描きつづける私の母親の事を思う。展覧会に入選したと軽やかな母の声を思うと負けてはいられないと強く思う。

2008年6月12日木曜日

久しぶりの太陽

            画面の自分の姿に見入るモンタナ嬢
 
 午前中は ぱっとしないお天気で鬱々とした気分だったが 午後より太陽がお出ましになり少しづつ 気温が上がっていくのが分かる。ブラインドを開けてモンタナと日溜まりでよい気分。お天気に誘われて散歩にでかけた。30分ほどで戻ってくると消し忘れたコンピューターの前に座り込んでいるモンタナ発見。自分の姿に見とれているのかな。

2008年6月10日火曜日

DEADEYE DICK

Deadeye Dick

 ヴォネガットのDEADEYE DICKを読み終わる。アメリカの現代作家の本で読みたいリストの上位にあった本。現代社会のイノセントな魂が暴力的に踏みにじられる 悲惨さを彼特有の文体で表現している。大江健三郎が”小説のたくらみ、知の楽しみ”のなかで叫びたい様な悲痛を彼独自の叫びたい様なおかしさとないあわせて表現していると 書いていたけど。
 ストーリーの中に 事故で中性子爆弾がが爆発し建物や機械はどれも無傷で残るが人間は全滅してしまう町がでてくる。主人公のルーディが少年時代ライフル銃を掃除していて 誤って妊娠中の婦人を射殺してしまう。その経験が去勢された様な人間にしてしまうのだが。奇妙な恐怖感が読んでいる私に生まれてきた。中性子爆弾にたいする悪夢。ライフルを掃除していた塔が 光の中でその町を訪れた日本人の目に富士山のように見えたと言う箇所がある。それが日本における広島とか長崎の歴史を読者に思い起こさせる。日本語版も読んでみたいと思う。

2008年6月9日月曜日

キムの猫


 陶芸仲間のキムとスモキー。ペットは飼い主に似てくるとよく言うけど 本当にそうだと思う。

2008年6月8日日曜日

記事


 記事1 妹から転送されてきた記事。愛猫家にはたまらない。猫が人間化し 人間が猫化してお付き合いしている様な関係の私とモンタナ。まったく平等でどっちがどっちか分からない瞬間がある。年を重ねるにあたって 私は絶対 猫なんかに話しかける生活はしないと思っていたがもっぱら聞き役のモンタナに申し訳ないほどブツブツつぶやく自分に苦笑。 かくれんぼをしているかの様に 時々姿が見えない時がある。息子の部屋の椅子の下とか普段と違う場所で眠っている時はきっと GIVE ME A SPACE. と私に訴えているのかもしれない。
 
 記事2 アメリカ大統領選挙 やっと民主党候補オバマ上院議員に決まったが 今度は副大統領を誰にするかが二ユースをにぎわしているが クリントン候補支持の人たちの21%が クリントン議員を副大統領に指名しないのならば 共和党候補のマケィン氏に投票すると考えているという記事を 見つける。
 
 記事3 日本の教職免許法が10年ごとの免許更新制に成るらしい。それにあたり具体的形態が定まったそうだ。管理職はなんらかの形で免除がされるが 平成21年3月31日までに普通免許 特別免許を持っている現職教員 国公私立の幼稚園 小 中 高の教員がその対象になるらしい。時代にあった教員養成とかが要望されている事を反映しているのだろうが 現場にいる教員が一番子供に近く 事態を把握しているのではと思ってしまう。ただでさえやらなければ成らない事が多い先生方にまた一つ課題をあたえてしまったのでは 思ってしまう。


2008年6月6日金曜日

頑固なモンタナ


 二日ほど前にモンタナの餌が切れたので いつもと違うものを買ってきた。それが気に入らなかったようで 食べようとしない。お腹が空いたら食べると思ってたのだが 敵もさるもの好きなものは 曲げられないとばかり皿に入った餌を わざわざ外にとり出して私の顔を恨めしそうに見る。仕方がないからいつもの餌を 新たに購入 皿がからっぽになるまで 食べて満足そうだ。グルグル喉を鳴らしながら食べる姿に笑ってしまった。 頑固なモンタナの勝ち。 

2008年6月3日火曜日

アナログからデジタルへ

Digital converter box
 来年の2月にはいよいよアメリカは アナログ放送から デジタルへ変わる。それに先立って政府が コンバーター、一台に付き40ドル補助してくれるクーポンを発券。それぞれの家庭が、 2枚までクーポンを受け取る事が出来る。申し込んでいたクーポンが届いたので早速 20ドルでコンバーターを購入、取り付けてみた。画面のクリアーなのに驚く。これで新しいテレビなど購入する必要なし。

オバマ候補 

 民主党の大統領 予備選挙は事実上終了。 オバマ候補の勝利宣言が 緊急ニュースで現在 放送中。民主党候補 オバマ議員と共和党 マケイン議員の戦いになる。

2008年6月2日月曜日

擬宝珠


 子供の頃 我が家の庭のあちこちに このギボシがあった。 薄紫の花を咲かせる記憶がある。オレゴニアンの創始者へンリーピットクのマンションの庭先で見つけ 懐かしく思い出した。夏にはとても涼しげだ。いろんな種類があったから今度帰国したら写真に納めようと思う