ブロードウエイのファントム オブ ザ オペラへ行って来た。1時間30分ほどブロードウエイ協会のご案内のお手伝いをし それとひきかえに無料での観劇。夏の間会わなかった友人と御喋りしながらのお手伝い。彼女とはオペラや国際映画祭などによくボランティアとして参加する。舞台装置の面白さに驚きながら楽しい時間をすごした。
2008年8月30日土曜日
The Phantom of the Opera
ブロードウエイのファントム オブ ザ オペラへ行って来た。1時間30分ほどブロードウエイ協会のご案内のお手伝いをし それとひきかえに無料での観劇。夏の間会わなかった友人と御喋りしながらのお手伝い。彼女とはオペラや国際映画祭などによくボランティアとして参加する。舞台装置の面白さに驚きながら楽しい時間をすごした。
2008年8月29日金曜日
2008年8月28日木曜日
2008年8月27日水曜日
ポートランド到着
敷地の左側が父母の家
敷地の右側にある兄一家の家 8月27日朝6時撮影 ポートランドに戻ってくる。朝 兄に空港まで送ってもらい 羽田から成田そして 31日間に渡る私の夏休み終了。出発の前夜 母が用意してくれたお風呂に入る。母流のおつかれさまという気持ちなんだと どんどん気持ちが高まって 帰りたくないと心底思ってしまった。そう言うわけにもいかないかとブツブツ。何時もならとっくに寝ている母もウロウロと落ち着かない様子、それにしても 別れはつらい。去年の夏から工事していた兄一家の家が庭先に完成して本当に良い距離間を持って生活している様子に一安心。優しい家族というものは 離れると身にしみる様に胸に迫ってくる。 さて 問題のモンタナ嬢は黙々と自分の生活をしていたようで しかも私よりジャン叔母さんに良いもの食べさせてもらい毛並みもつややか 少しは嬉しそうだが 抱こうとするとどこかへいってしまう。こうなったらハラスメント並みに私の方が猫を追っかけまわす。ベッドルームにゆっくりおやすみなさいとJANが置いて行ったCDが気持ち良く流れていて嬉しい限り。家族や友達って本当にいいものだ。
2008年8月2日土曜日
2008年7月30日水曜日
ブログの更新について
しばらく日本の中で移動するので ブログの更新が思うようにいかないと思う。自分の毎日や思いを整理したりするのに過大な役割を占めてきた。情報社会にどっぷりつかっている感があるので すこし心もとない気がする。ちょっと前までは毎日、日記を書いていた。それに戻るだけの話なのだが。モンタナがしきりに私の注意を引こうとしているので しばらく遊んで眠る事にする。
2008年7月29日火曜日
準備完了
いよいよ 明日7月30日 ポートランドから直行便で日本へ行く。部屋の掃除、工房の整頓、支払いすべての準備完了。モンタナは友人のJANが私の所に寝泊まりして面倒を見てくれるから 何も心配いらない。子供に関しては余計な心配をしてしまう。取り越し苦労でも母親というのは困ったものだ。私だって学生時代 親元を離れて東京で暮らしていたのだから。あの頃 私の母はゴチャゴチャ言わなかった。あの自信は私を信頼していたからなのだろうか?それにしても 今頃になって分かる 我が母の偉大さ。4週間あまりしかないけど 精一杯お手伝いしてこようと思う。
2008年7月27日日曜日
2008年7月26日土曜日
レシピ
母も私も妹も作るヨーグルト入り簡単ケーキのレシピ。1970年代 まだ日本にいる頃から重宝しているレシピ。だまされたと思って御試しあれ。まずは材料から 小麦粉1カップ ベーキングパウダー こさじ1 砂糖 半カップ 卵2個 サラダ油 半カップ プレーンヨーグルト 1カップ リンゴ2個 レモン汁少し 作り方 1.卵 サラダ油 砂糖をボールに入れて混ぜ合わせる。これにヨーグルトを加える。2.1にふるった粉をだまが出来ない様に少しずつ加える。3.パイ皿に2を半分流し込みスライスしたリンゴを輪をかく様に並べる。4.残りの2を流し込みオーブンで350F(200度)ぐらいで30分ほど焼く.まわりが少し焦げたぐらいがおいしそうに見える。焼き立てもおいしいが冷やしても良いお味。レモン汁はスライスしたリンゴにかけておく。 私の母はリンゴの変わりに缶詰の黄桃をスライスして代用していた。泡立てもしなくて良いから簡単。マドモアゼルいくこの おいしくて 太らない 簡単で失敗しない秘密のケーキ作りという本からのレシピ。
ネオテニージャパン 高橋コレクション
鹿児島霧島アートの森で 日本の現代美術のコレクターの所蔵する若手アーティスト33人の作品88点が展示されているらしい。アメリカでもお馴染みの奈良美智や村上隆など。帰国の際の楽しみが増えた。毎年ここには 兄の家族と訪れる。半日を屋内や野外の展示を見て過ごす。
2008年7月24日木曜日
2008年7月22日火曜日
2008年7月19日土曜日
2008年7月17日木曜日
第2回 パウエル遠征
刺身 tasting
オレゴンステート大学の施設でハマチの味見のリサーチに参加した。この施設はオレゴン産の農水産物を中心にそれに携わる人々に利益をあげさせる手段をリサーチする研究所である。それにともなう加工業者 仲買業者 そして販売業者の観点から考えて行く。最終的に新しいビジネス 新しい職場を開発していくのが目的らしい。施設は4年まえに NAITO PARKWAYに完成。丁度ユニオン ステーションの裏側にある。今回はハマチの味見。12あまりの味見ステーションでそれぞれが(12人) 3皿を味見 ハマチでない物が混じっているのでそれを見つけだし コンピューターに入力していく。小さな窓口から3回にわたって合計9皿、9切れの刺身が出てくるのだが 醤油とかワサビはない。それは至極 残念。いろんな質問事項があり パッケージング、ならびに消費する量。収入、学歴など。30分ほどで テスト終了。面白い経験をし30ドルいただいた。
2008年7月16日水曜日
パウエルBOOK
友人が引っ越しをすることになり恐ろしい量の本を整理しなくてはならい事に成る。彼女のSOSに応えるべく 出動、ダウンタウン内での移動だが 徒歩でカートに乗せて移動すると言い張る彼女の意見を尊重し 約7ブロックを2台のカートで移動。ところが途中何度か あまりの重さにカート転覆 本が路上にちらばる。道行く人々は好意的で本を売りに行くのかとすすんで拾うのを手伝ってくれる。さすが活字中毒の多い街である。
一回に付き 半端な数でない本で溢れている一台分のカートの売り上げを 手伝い料として出すと言う彼女に 儀礼的にいらないと2度ほどは お断りしたが 3度目にもう喜び丸出しでありがたくうけとる。パウエルBOOKのランディ氏の本を見極めるスピードは速い。2台のカートをあわせて 三百ドルぐらいのストアークレジットで一日め終了。そう一日め終了と言う事は まだ二日目、三日目があるということ。本と共の大横断はまだまだ続く。彼女は一度決めたらそれが最後 心変わりしないから 車で運ぶという事はやらせてくれないだろう。
2008年7月15日火曜日
Mt.Adams
2008年7月14日月曜日
似た者同士
似た者同士というのは 入らぬ説明が省けるのでやりやすい関係なのかもしれない。ただこれが親子の場合 少し面倒な事になる時がある。敵が何を考えているのか どういう思考回路を持っているのか分かってしまう。先回りをしたがる親にとって 二つ先の角で敵を待ち伏せる気分にさせてしまうのである。子の方は子の方で こちらの出方が分かるから手前の方から攻めてくる なし崩し作戦と勝手に呼ばせてもらっているが。この作戦はかなり威力を持っているので親は足を地につけて対抗せねばならない。泣きつき作戦とかは私には通用しないので今の所 敵も攻略法を極めていない。親側が先手をとり相手の痛い所をつく 兵量攻め作戦などもあるらしい。これは一番効果が出るらしいのだが 腹を減らせて戦をさせるわけにいかない。母には出来ぬ作戦である。 こちらが子に心配をさせる 母上は大丈夫なのだろうかと思わせるボケでのりきろうかと思う昨今である。
2008年7月13日日曜日
蓮の花
鶴丸城は江戸時代島津家久の命によって築城され 人を持って城となすという考えで造られた平屋造りの城だったが 明治6年の火災で焼失 現在は石垣と石橋と濠を残すのみとなった。美術館と歴史館が現在石垣の中に建てられ市民に愛されている
鶴丸城のお濠には 初夏になると蓮の花が咲く。鹿児島市役所 社会課文化係で鹿児島史跡めぐりの資料を集め 編集 整理したり 少年合唱団の演奏会( 進行役のアナウンスをつとめた。) 公民館や文化センターでの催し物を手伝うアルバイトをした事があった。城山町の中央公民館内に仕事場があり よく昼休みに近くの城跡まで この蓮の花を見に行った。アメリカにやってくる2年前だからもう32年近く前のはなし。今も変わらず夏になると 同じ光景を新聞の片隅に見つけると嬉しくなってしまう。今はインターネットのおかげで 何処にいても同時に情報が得られる。好きな人に、もう蓮の花が咲き始めました。いつ戻りますかなどと情緒ある手紙を出す必要性がなくなったのは じゃっかん 寂しいが。2008年7月12日土曜日
Montanaの新しい座布団
Satarday Market 周辺
2008年7月8日火曜日
Garlic spears
週末にファーマーズ マァーケットでGarlic Spearsを購入したので炒め物にする。ただ塩と胡椒で炒めて バルサミコをすこしかけて食べた。これが非常においしく ここのところ やみつきになっている。茎の部分のかたい所をのぞいて 炒めるのだが美味。なんだか疲れがとれるような気がする。
2008年7月5日土曜日
The Glass Castle
3日間ご一緒したグループを 空港までお送りした後 空港内のパウエル書店を覗いたのが事の始まりだった。といっても又 本を3冊も購入してしまっただけのことなのだが。空港からの帰りの電車で 読みはじめて家に帰ってからも 続行5時間ほどで読破したのが ウォール家のメモアー 次女のJeannetteの自叙伝。読みはじめて中断できないほど夢中になった。アルコール中毒の父親と アーティストの母親 そして4人の子供達の凄まじいほどの貧困と戦いながらもウォール家の信念が ひしひしとこちらに伝わってくる。驚くほどその時その時を強く明るく生きてきた一家なのである。結果的に 成長して行く子供達が 自分の意志を持ちはじめた時に 育ってきた環境が負のエネルギーにならず それぞれの道を歩き出す。ニューヨークに移り住んだ子供達を追ってきた両親は 意図的にホームレスとなり生活をする。すごいのは実は母親は テキサスのオイルの出る土地をもち フィニックスにも大きな家を持ちながらもそれを売って生活の足しにしょうとしなかったというのが 後で子供達に分かる。家とか土地というのはセンチメンタルバリューにしかすぎなくて守る物であると母親が娘に語る。Jeannetteが大学を経済的な理由でやめようとした時 ホームレスの父親が黒いゴミ袋一杯のお金を 娘に届ける所では泣いてしまった。これは一読の価値あり。ガラスの家というのは父親が建てたかった家である。
2008年7月2日水曜日
無意識
早朝のガイドの仕事を終え 少しうとうととお昼寝。目が覚めてテレビを何の気なしに眺めていたら 日本のコマーシャルが話題にあがっていた。 ある携帯電話のテレビコマーシャルが 日本に住む外国人の間で批難の声が上がっているらしい。 問題のコマーシャルは 言われてみれば アメリカ大統領選挙 特にオバマ候補の演説の実況放送を思わせる。CHANGEと言うカードを持った人々の中で 猿が演説を行なっていると言う設定なのだが CHANGEがオバマ候補のスローガンであることは アメリカに住む人々には一目瞭然であるが、一般の日本人がはたしてそれを オバマ候補と結び付ける事が出来るかは疑問である。 単に携帯のサービスを変えませんかと言うのがこの広告の 目的なのだが。無意識でも 問題堤起をしてしまうと言うよい例なのであろう。最近大勢の外国人が日本に住んでいるとは言え 98%は日本人というから。人種の坩堝であるアメリカとは違う観念で全ての事が行なわれている日本にとって これからもこう言う事が起きるのであろう。学生時代 広告の勉強をした私に取って興味深く思う一件である。
2008年6月30日月曜日
ジャニス ジョプッリン
2008年6月29日日曜日
テンプレートの変更。
ブログのテンプレートが暑苦しく見えたので変更。少しは涼しげだと思う。朝早く起床 窓を全開して空気を入れ替えし 居間のカーペットを夏用に取り替えた。冷やゾーメンのつゆを作り冷蔵庫で冷やす。これで今日はツルツルと冷たいソーメンが食べられる。これで鮎の塩焼きでもあれば最高なんだけど。
2008年6月28日土曜日
華氏100度
華氏100度 摂氏に直すと38度ちかくまで温度が上昇。ポートランドへ暑くなる前にユージンより戻ってきて正解。外はムンムンする暑さだ。モンタナはフニャフニャにのびきって 毛皮を脱がしてあげたい気がする。息子の方も心配したより痛みも 顔の腫れもなく経過良好。母の力強しと満足、一安心。冷房装置のある友人から避難してこいとのお誘いを断り 家の中、涼しい場所を求めてモンタナの後をおかっけまわす。猫は涼しい場所を知っていると聞いた事がある。バスタブが冷たいのか 座り込むというか骨抜き状態で横座りするモンタナに 同情してしまうほど暑い。
猛暑

ユージンの街はオリンピックの陸上の予選で活気に溢れている。予選会場のまわりではいろんな催しがあるらしい。 残念ながら 今回は息子の世話のみ。 いっぺんに4本 親知らずを抜かれぐったりしている 息子の寝顔を見ていると彼が小さい頃の事を思い出す。よく扁桃腺をはらし 高熱で寝込む彼のベッドの横で本を読んであげたものだ。昔と違うのは わざわざ来てくれてありがとうと 何回も何回も麻酔が切れる前から感謝の言葉を口にする。母はよくここまで育ってくれたと 眠り込む彼の横で涙ぐむ。私が行く前に一階の部屋から 地下室の部屋に移ったので 外はかなり暑いのに 彼の部屋だけはひんやりとしている。 明日は34度まで温度が上がるらしいが この部屋ならしのぎやすい。興味をそそる本で溢れる彼の本棚を前にして息子には悪いが興奮状態。哲学と文学にわけてある本棚の前を行ったり来たり しかも彼は寝込んでいるので好きにあれこれひっぱりだせる。いつもだと 彼の本の解釈を聞かなければ 手に取らしてくれないのだ。
2008年6月25日水曜日
鮭の照焼き
友人に頂いた鮭を照焼きにした。ご飯が炊けるのを待ちながら ちょっとベッドルームへ読みかけの本を取りに行った。居間の方に戻ろうとすると モンタナが慌てた様子で私の横をすり抜けて 息子の部屋の椅子の下にもぐり込む。変だと思ったのだが 椅子に座りしばし本を読む。 照焼きを食べるぞと台所にもどりお皿を出そうすると 生暖かい感触が足の裏に 鮭の照焼きと一緒に入れた竹輪が床に落ちている。モンタナ嬢の仕業 恐らく竹輪を口にくわえて取り出したものの 熱くてびっくりしたのであろう。走って部屋に逃げ込み姿を見せないモンタナに笑ってしまった。鮭ではなく竹輪とは。昔 妹の猫はトンカツの横に添えられたキャベツだけ食べてしまったことがあって、ベジタリアン猫と笑った事があった。被害が鮭に及ばなくてよかった。
親知らず
世の中に親知らずが存在する事は知っていたが 幸いな事に私はその処置をしなくても良かった。親知らずが生えてこなかった。語源を調べた事がなかったのだが、息子がその手術をこの金曜日にやる事になり 調べてみた。子供のころと違って 親が知らないうちに生えてくるからそう呼ぶそうだ。異常に費用がかかり 親の経済状態など知らんふり からくるのではないそうだ。成人後に生えはじめる事が多いそうで、英語ではwisdom toothと呼ぶのだが、物事の分別が付く年頃になってから生えるのでそう呼ぶそうだ。息子が 分別の付く年頃に成長した証しと考えるしかないと自分に言い聞かせている。4本いっぺんに抜くそうだ。したがって母はユージンまで 出向いて どのくらい分別がついているのか確かめてくる。
2008年6月20日金曜日
夏至
一年のうちで 昼が夜より長い日。久しぶりに26度まで温度が上がり 暑いなと感じた一日だった。これからは 製作途中の作品は乾燥が早くなるので 忘れずにプラスティックでカバーしておかないと大変なことになる。3階にある私の工房は夏は暑くてやってられない。これからは早朝のスケジュールか 夕方に変えようと思う。
ポートランドの スターク ストリートにある太田豆腐で お豆腐を買ってきた。明日のお昼は冷や奴にしようと思う。何でもおいしく食べる事をモットーにしているが 年を重ねるにつれて やっぱり自分は日本人だと再認識する。特に夏はその傾向が強くなる。
ポートランドの スターク ストリートにある太田豆腐で お豆腐を買ってきた。明日のお昼は冷や奴にしようと思う。何でもおいしく食べる事をモットーにしているが 年を重ねるにつれて やっぱり自分は日本人だと再認識する。特に夏はその傾向が強くなる。
モンタナ
2008年6月17日火曜日
夜回り先生
水谷修この先生の存在を知ったのは3ー4年前の夏。日本に帰国中に立ち寄った世田谷の友人の家で夜回り先生という本を本棚に見つけた。何の気なしにパラパラとページをめくり 驚きと感動のうちに読み終えた。息子や周りの若者を見る目が変わったといっても過言ではない。気長に待とうと思った。我が自慢の息子も当時自己形成の段階で悩んだり 時には私の理解を超える失敗を繰り返していた。親というものは 先回りをして被害を小さくおさえようという傾向があるが 私もかなり口うるさかったと思う。一人の人間としてみよう 事前に何かするより その過程で ちゃんんと受けてたてる母親になると決心した。子供だって大変なんだということを 忘れない様にすること 自分だってそこを通ってきて 何とかやってるのだから大丈夫と自分によく言い聞かせた。世の中が ただでさえ混沌としている。大人の責任としてかけがえのない 次の世代を担う彼等をちゃんと見守らなければと思う。そういう意味でも この水谷先生の存在は偉大だ。病気を抱えながらも奮闘する彼を尊敬する。
2008年6月14日土曜日
父の日を前に思う事
私の父は高校教師として大勢の生徒さんに力を注いだ。未だに教え子達が父を 大事にしてくれている。90歳を越して 体力とか記憶力とか衰え出しているが 純粋で優しい自慢の父親である。子供の頃父親が話していた 木曽川治水工事、薩摩義士の話は大人になり 辛い時にどんなに私に力を与えてくれた事か。水害に苦しむ人々のために何のゆかりもない美濃の地に 幕府の要請があったとは言え しかも薩摩藩を衰退させる幕府の企みだと分かった上で 出向いていった。多数の犠牲者をだし藩の財政も逼迫した。薩摩77万石をもって 徳川800万石を倒すといきり立つ藩士を ”幕府と戦うことによって罪もない子供や百姓たちが命を落とす。それよりこれを受けて美濃の民は救われ仁義の道にも添い ひいては家安泰につながる”と、薩摩藩の家老平田ユキエと伴に日本最大の治水工事を今から250年以上 前に行なった。工事終了後 平田ユキエは多数の死者を出した責任をとって自害している。
卒業して鹿児島から旅だっていく若者達にどんな困難にも負けるな 君たちは薩摩義士の末裔なんだと伝えたかったのであろう。のちに父が退職した時 教え子達が彼を美濃の地に招待した。最高のお返しの様な気がする。私たち兄妹が小さいころ 先生 先生とやってくる教え子の皆さんから お年玉ももらったが それより おせち料理がどんどんなくなっていくのを 心配した記憶がある。私は昔から ファーザーコンプレックスとか 言われたがそれが何で悪いと未だに思う。
卒業して鹿児島から旅だっていく若者達にどんな困難にも負けるな 君たちは薩摩義士の末裔なんだと伝えたかったのであろう。のちに父が退職した時 教え子達が彼を美濃の地に招待した。最高のお返しの様な気がする。私たち兄妹が小さいころ 先生 先生とやってくる教え子の皆さんから お年玉ももらったが それより おせち料理がどんどんなくなっていくのを 心配した記憶がある。私は昔から ファーザーコンプレックスとか 言われたがそれが何で悪いと未だに思う。
2008年6月12日木曜日
2008年6月10日火曜日
DEADEYE DICK
ヴォネガットのDEADEYE DICKを読み終わる。アメリカの現代作家の本で読みたいリストの上位にあった本。現代社会のイノセントな魂が暴力的に踏みにじられる 悲惨さを彼特有の文体で表現している。大江健三郎が”小説のたくらみ、知の楽しみ”のなかで叫びたい様な悲痛を彼独自の叫びたい様なおかしさとないあわせて表現していると 書いていたけど。
ストーリーの中に 事故で中性子爆弾がが爆発し建物や機械はどれも無傷で残るが人間は全滅してしまう町がでてくる。主人公のルーディが少年時代ライフル銃を掃除していて 誤って妊娠中の婦人を射殺してしまう。その経験が去勢された様な人間にしてしまうのだが。奇妙な恐怖感が読んでいる私に生まれてきた。中性子爆弾にたいする悪夢。ライフルを掃除していた塔が 光の中でその町を訪れた日本人の目に富士山のように見えたと言う箇所がある。それが日本における広島とか長崎の歴史を読者に思い起こさせる。日本語版も読んでみたいと思う。
2008年6月8日日曜日
記事

記事1 妹から転送されてきた記事。愛猫家にはたまらない。猫が人間化し 人間が猫化してお付き合いしている様な関係の私とモンタナ。まったく平等でどっちがどっちか分からない瞬間がある。年を重ねるにあたって 私は絶対 猫なんかに話しかける生活はしないと思っていたがもっぱら聞き役のモンタナに申し訳ないほどブツブツつぶやく自分に苦笑。 かくれんぼをしているかの様に 時々姿が見えない時がある。息子の部屋の椅子の下とか普段と違う場所で眠っている時はきっと GIVE ME A SPACE. と私に訴えているのかもしれない。
記事2 アメリカ大統領選挙 やっと民主党候補オバマ上院議員に決まったが 今度は副大統領を誰にするかが二ユースをにぎわしているが クリントン候補支持の人たちの21%が クリントン議員を副大統領に指名しないのならば 共和党候補のマケィン氏に投票すると考えているという記事を 見つける。
記事3 日本の教職免許法が10年ごとの免許更新制に成るらしい。それにあたり具体的形態が定まったそうだ。管理職はなんらかの形で免除がされるが 平成21年3月31日までに普通免許 特別免許を持っている現職教員 国公私立の幼稚園 小 中 高の教員がその対象になるらしい。時代にあった教員養成とかが要望されている事を反映しているのだろうが 現場にいる教員が一番子供に近く 事態を把握しているのではと思ってしまう。ただでさえやらなければ成らない事が多い先生方にまた一つ課題をあたえてしまったのでは 思ってしまう。

2008年6月6日金曜日
2008年6月3日火曜日
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