2010年7月24日土曜日

言葉は文化の象徴?

 言葉の足りなささや、あるいは多すぎで人の感情を害してしまう事があるとふと思った。長く違う言語での生活をしていると、言葉の持つ大事な部分を忘れてしまうのではないだろうか。英語が堪能になればなるほど、こちらでの生活習慣が自然と見につく。特に若くして来た場合いろんな場面での言い回しの経験がないから 日本語での表現の仕方を知らないのではないだろうか。英語で感謝の気持ちや、人を思う気持ちを表現するのは複雑でないが、日本語と来たら言い回しが多々あり頭を悩ますほどだ。3ー4年ほど前、あまりにも傍若無人な振る舞いが多い息子を 日本にいる友人に相談して、3か月ほど彼女の知り合いの会社で働かせてもらった事がある。その成果は絶大で、まず謙虚さを身に付け 完全ではないが謙譲表現ができるようになっていた。それでも日本ではLOVE YOU MOM なんて電話の後言わないから どうやってgranpaや granmaとの電話をお終いにするか困っていると相談された事がある。言語を習得するという事はきっとそれぞれの習慣も身に付けるという事ではなかろうか。日本からちょっとの間やってくる旅行客のお世話していると つい慣れ親しんだ習慣が前に出て戸惑う場面があるから充分な配慮が必要だなーと考えた。

0 件のコメント: