2008年4月12日土曜日

自己満足

 あらゆる表現の前提となるものは 自己認識であるという事は解っている。解りきった事なのだが、表現主体を規定している現実世界が 幸福な時代とは言えず、私たちを取り巻く環境自体が 個人の自己認識によって変わる物でもなく、認識する事によって現実世界から疎外された気分をひきおこす。そう言う作業を繰り返していると 自分には表現する物がない、表現しなくてはならないものがないという時点に達してしまう。それは空虚感である。
 創造する事に意味をもたせてしまうと 苦しい下部構造からの叫びとか 下が上に取って変わる希望 イコール労働者の解放とか政治的意味がくわわっていく。自分のあり方を認識するということは結局のところ 何も出来ない自分にたいしての 自己防御、自己満足でしかないのかもしれない。

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